クンダリーニの覚醒

<クンダリーニ・ヨーガの実践>
 クンダリーニっていうのはサンスクリット語で「とぐろを巻くもの」という意味。これは誰もが持っている根源的な「生」のエネルギー、地球のエネルギーで、古来より眠れる龍とか蛇に例えられている。

場所は背骨の一番下、尾骨・仙骨のあたりにあって、通常は眠っていて動いていない、機能していない状態。で、これが覚醒、活性すると背骨に沿って螺旋状に上昇して頭頂まで上がってくる。これがクンダリーニが上がった状態。
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この状態からさらに活性していって、天地との交流が活発になると頭頂を突き抜けて宇宙と一体化する。これがクンダリーニの昇華でここに到ると色々な潜在能力が覚醒して肉体、波動も大きく変わる。

このときに得られる能力は一般的に超能力と言われて非日常的な能力なんだけど、本人が潜在的に許していた範囲の事しか起きないし、クンダリーニ昇華から数日から数週間で波動は元のレベルまで戻って、あいにく能力もその一部しか残らない。

このクンダリーニの昇華によって到達する世界っていうのは、創造主の領域で自分自身が神であると悟ることができる場所。

クンダリニーは、普段は尾てい骨付近のムーラーダーラチャクラに眠っているが、ヨーガの実践や宗教の各種修行によって活性化し始め、生涯をかけ各チャクラを開花させグランティ(=結節。ブラフマー結節、ヴィシュヌ結節、ルドラ結節の3種類がある)を破壊し、最終的には頭頂のサハスラーラを押し開け解脱に至る。今世で解脱できる魂は極一部といわれている。性欲を昇華させたものがクンダリニーとなるため、梵行(性的な事柄を避ける)修行が重要となる。

体内(霊体)にあると言われるナーディ(管)の中でも代表的なものは、動的で男性的性質のピンガラー・ナーディ(別名・太陽の回路)、静的で女性的性質のイダー・ナーディ(別名・月の回路)、そして身体の中央を貫いており、調和をもたらすスシュムナー・ナーディの3つがある。安全にサマーディを得、維持していくためには、ピンガラー・ナーディとイダー・ナーディをバランスよく活性化させることによりスシュムナー・ナーディからクンダリニーを通す必要がある。

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◆ムードラ(Mudra=印)とバンダ(Bandha=ブロック)
 ムードラとバンダは別々の名前がつけられていますがもともとは同カテゴリーのものです。ヨガのレッスンのとき、「胡坐で座り、手はムードラ(印)を作って膝に…」と毎回やっていますが、そもそも何故ムードラをつくるのでしょうか?ムードラをする理由がある筈です。チン・ムードラ(Chin Mudra)やギャン・ムードラ(Gyana Mudra)、手の指をつけておくことにはそれなりの理由があります。

大きく2つの理由があります。
◇1.エナジーをリサイクルするため=体の中に流れている気・エネルギーを再利用するために体の部分をつなげておいてあげます。

◇2.エナジーの方向を変えてあげるため=体の中のある部分に気を集中させるためにあえて気の流れの方向を変えてあげます。

例えばチン・ムードラで人差し指と親指をつけておくのは、指を真っ直ぐに伸ばしたままだと外に逃げていってしまう気を体の中にまわしてあげるためだし、胡坐で座るのも足と足をくっつけておくことで気が外に逃げずに体の中に巡るためだという理由があります。

しばらく胡坐で座り、手をパーにして座った状態とムードラをつくった状態とで比べて自分なりに観察してみました。親指と人差し指とその他3本の指の「感じ」を観察しました。

感じられた人も感じられなかった人も、敏感になると少しづつ何か感じられるようになるということだけ知っておきましょう。大事なことは「何を?」「どんな感じ?」ということに捉われず、自分で観察すること、敏感になることが大事です。

ムードラやバンダは私たちの身体的な身体を使って気・エナジーの流れを調節したり、コントロールしたりするための方法です。

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◆ナディ(Nadis)について
  前回のレッスンで少し触れましたが、私たちの身体の中にはナディ(Nadis)と呼ばれる沢山の気・エナジーの流れる道があります。その中に3つのおもなナディがあります。このナディは大小様々76000位あるといわれているそうです!!

■イダ(Ida Nadi)は女性的エナジー=感情・直感・感じること・静的・陰・-(青の線)
■ピンガラ(Pingala Nadi)は男性的エナジー=論理・知識・考えること・動的・陽・+(赤の線)
■シュシュムナ(Shushumna Nadi)はからだの中心を、全部のチャクラを突き抜けて通るハイウェイのようなもの。イダとピンガラがひとつに出会って上に流れる時の道。

 全てのヨガの練習、アサナもプラナヤマも、全部の練習はこのイダとピンガラのエナジーをひとつにしてシュシュムナを通ってチャクラを突き抜けてサワスワラ・チャクラにエナジーが通るようにしてあげることを目指しているといえます。アサナで身体を動かしてチャクラを開く準備をしたり、呼吸法でバランスをとったり、バンダなどで気・エナジーの流れの方向をコントロールしてシュシュムナのほうに集中させてあげたい…などなど。

このシュシュムナ、身体の中心にエナジーを通してあげたいんだけれども、ここで大きな問題にぶち当たります。イダとピンガラがバランスが取れていてもうまくエナジーが上に流れない…。このシュシュムナに大きな障害物=ブロックがあります。

大きな3つのブロックがあります。高速道路のような真っ直ぐな道に大きな障害物がある、もしくはチューブに結び目が出来ているために流れが止まってしまうような、そうした結び目をイメージするといいかもしれません。

ヨギ達はそれらの障害物=ブロックを破壊して流れをよくするために、私達の体内の気の流れをコントロールする方法を見つけました。障害物=ブロックがある場所に集中的に沢山の気・エナジーを送ること(=気の流れの向きをコントロールする)でそのブロックを壊してあげる方法です。

エナジー(気)の流れを妨げる障害=ブロックはグランティ(Granthi)と呼ばれます。インドの神様の名前を借りて3つのグランティにそれぞれ名前がついています。

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■ブラマ・グランティ【結節】(Brahma Granthi)
  ムラダラ・チャクラの近く、一般的にはムラダラとスワディスタナの間といわれますがムラダラのエナジーの辺にある大きなブロック=グランティ。

ここのグランティ=障害が強く効いている場合というのは、欲望とか欲求とか、何かを「やりたい!」ということに執着、固執するむきがあります。「自分を変えなきゃ!」とか、あれが欲しい!あれをやりたい!と欲することが意識や行動の多くを支配している状態。

スワディスタナ・チャクラを思い出すとわかると思いますが、快楽を求める、本能的な欲求を満たすことに執着してしまう。本能的な欲求を満たすことに固執するためにそれ以外のことを気づかない、無知の状態だということがいえます。

ここのグランティを壊し、解放してあげることが出来るようになると体の中のエナジーを自分で使うことができるようになります。ムラダラ=地球・地・肉体的な個、スワディスタナ=水・感情的な個、マニプラ=火・エゴ・自我な個、のそれぞれのエナジーを自分でコントロールして使うことができるようになります。

ヨギは大抵このグランティを壊し、エナジーを自分でつかえるようになるまでにそんなに長い時間がかかりません。
*ブラマ=インドの神様の名前で、創造神

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■ヴィシュヌ・グランティ【結節】(Vishnu Granthi)
 アナハタ・チャクラの近く、一般的にはマニプラとアナハタの間とされます。ここのグランティ=ブロックがきいている場合、感情、特に愛情に固執します。愛する気持ちや愛される気持ちにしがみつき、執着するむきがあります。「愛こそが全て・・」「この愛を失いたくない・・・」というように。

ヨギは愛情や愛することも大切なものとして認めます。でも、愛こそが全て、とか、この気持ちを失いたくない、というように抱え込まないことを説きます。全てのものは新しく生まれ、なくなってゆくものだと全てのことを受け入れてしかも切り離すことが大切だといいます。

愛情や愛もそのときにあるものは楽しんで、でもそこにとどまらないこと。そこにとどまりたければそれも自由です。でもそのほかにもっともっといろいろなことを知ったり体験する自分の可能性を開いてあげましょうというのがヨガの考え方です。

「この人を愛している」とその気持ちが生活の中心になって何年も過ごしたり、失恋した気持ちを何年も引きずったり、感情や愛情に執着するのはここのヴィシュヌ・グランティに大きなブロックがあります。

感情・愛情は自分のところに「きて・つづき・去るもの」なんだということをわかってあげること。
同じようにマニプラ寄りのブロックは目標とか、自分の大志に執着すること。将来の目標を立てたりすることは大切だけれど、その目標に執着、固執しないということ。

うまくいかなかった場合に落ち込み続けたり、そのことに全ての意識を捉われるのではなくて、10年もやってみたけどだめなこともある、とか、やはり受け入れて切り離すことをヨガではといています。

ここのグランティを壊し、解放してあげることが出来るようになると地球上、この世の全てのものからエナジー・気を自分のために使うことが出来るようになるといわれています。気の源が自分の体ではなく、自然や宇宙や全てのものからエナジーを使います。このブロックが解けた状態は自分の存在が自分の体だけではない、自分に執着する必要性がなくなったということを少しづつわかってきた状態でもあるからです。

この状態に達したヨギは60日土中に埋められるという苦行(サダナ)や、サチャナンダ・サラスワティ先生のようなパンチ・アグニ(火の苦行)ができるようになります。それは自分の体の中のエナジーだけではなく森羅万象からエナジーを取り込むことが出来るようになるからです。
*ヴィシュヌ=インドの神様の名前で継続、生命力の神様

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■ルードラ・グランティ【結節】(Rudra Granthi)
  おそらく一番壊すのが難しいブロックです。アギャ・チャクラの近くのブロックで、ヨガの練習をつむことによってだんだん会得した力、直感や超能力的な力=シッディ(Siddhi)に固執、執着することとしてあらわれます。自分が持っている能力や力に執着すること、すなわち「自分」とか「私」に執着してしまうということです。

自分と他人の違い、自分と木が違うことをまだ見てしまっているうちこのブロックは解けません。自分自身が全く無になってしまうことから、他人とか自分以外の生きとし生けるものとの違い、境目がなくなってしまう状態がここが解けた状態です。

例)よくご存知、サイババの例を挙げましょう。サイババが掌から金を出したり、いろいろなことが出来ること、本当か嘘かは別にして、この力がシッディ=超能力です。でもサイババはこれを「サイババの力」として自分のものとして執着しています。

この執着から解放されるのは本当に難しいことです。何年も何年も勉強したり、苦行を積んでやっと手に入れた「自分の力」や超能力を自分のものとしないこと、なんにもない。とすることは、ある意味勿体ない、とおもうはずです。やっと自分で手に入れた力を自分のために使わないなんてそんな!と思う場合、サイババのようにそこでとどまる選択をするのでしょう。

逆にこのブロックをも壊すことが出来たであろうとする例はシバナンダ先生。おそらくシバナンダ先生はこのブロックも解けて、全ては自分ではないことを悟られたと思います。だから一生を完全に自分ではなく人のために、とにかく与えることにささげることができたのでしょう。

インド各地に無償の病院を建てたり、あれだけ沢山の偉大な13人のヨガの先生を育てたり。自分の名前を売るとか、自分が有名になるためではなく、完全に人に与えることにささげた聖者です。

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<クンダリニーヨーガの心得>
  クンダリニーを意図的に上昇させようとするクンダリニーヨーガを実践する場合、そこには大抵の場合我が介在しているため、クンダリニーエネルギーがピンガラー・ナーディのみを通ってしまうことがある。

この場合、程度にもよるが、神経系統のショート現象が起こり、全身の激しい脈動、極度の疲労困憊や精神錯乱、重度の鬱症状、知覚過敏、最悪のケースでは脳溢血や自殺などを招いてしまう。よってイダー・ナーディを強力に活性化させる技法を知らぬままクンダリニーヨーガを行うことは無謀ということができる。

また、クンダリニーヨーガを実践するつもりでなくても、早く悟りたいという性急な我を保持していたり、あるいは神への絶対帰依に欠ける修行をし続けた結果として上記のような現象が起こる場合があるため、注意が必要である。このため、実践者は菜食をして、刺激物の摂取を避け、過食、不規則な食事、否定的な態度を避けるべきである。

クンダリニー覚醒が一定のレベル以上に達すると、人間に果てしないイマジネーションの拡大がもたらされるといわれており、実際その事例を見ることも多い。クンダリニーの覚醒者と自称する人(その多くは覚醒者とはいえないレベルではあるが)は多くいるが、彼らの中の一部に空想的世界観を見ることができる。

人間が自分を実際以上のものである(あるいは実際以上のものでありたい)と思うたびに、イマジネーションの力がそこで働いている。イマジネーションの力は、過去において不可欠であったのであり、さらに人類にとって今後もまだまだ必要な力である。

あまりに現実を見てしまうと、世界の進歩が阻害されてしまうのであり、クンダリニーにより神の夢を個々の人間の器に応じて実現させることができるのである。しかし、修行者がイマジネーションの拡大に溺れてしまい、それを自分の力だと思い欲望のままに行動してしまうならば、悟りへの道を逸脱することになってしまう。

クンダリーニのエネルギーは根源的な生のエネルギーですから誰もが持っています。
通常は眠っていてほとんど動いていない状態なのですが、いろんなきっかけによって大きく活性をします。きっかけというのは瞑想やエネルギーワーク・呼吸法による活性、または尾骨周辺を強打したり外部からの物理的などです。

そして眠っている状態から活性して大きく動き出した状態のことを覚醒といいます。
そしてこのクンダリーニ覚醒の状態になりどんどん活性していくと、そのエネルギーは頭頂まで上がります。ここまでくると色んな変化が現れてきます。また潜在能力、超能力といわれる能力も覚醒することがあります。

クンダリーニのエネルギーが制御不能なところまで活性して、背骨と頭を突き抜けて宇宙と一体化することを、「クンダリーニの昇華」といいます。宇宙の一体、それはすなわち悟りの境地です。

イエスキリストや釈迦、アセンデッドマスターと呼ばれる存在や今この世界に生きている覚者と言われる人たちは、クンダリーニの昇華によってアセンションし、悟りを得た人達です。

クンダリーニが昇華すると肉体・精神・意識は変容し、サイキック能力も開花します。ただし、その期間は短く、3日から一ヶ月程度と人によって様々です。

その期間が過ぎると波動が落ちて、以前に近い状態まで戻ってしまいます。クンダリーニ昇華の状態のときに使えていた能力もほとんどなくなり、その一部の能力が残ることになります。クンダリーニの昇華によって得られる能力は本人が許す範囲の能力です。ですから意識的、無意識的に望まない能力というのは発現しません。

クンダリーニは覚醒後にまた眠って動かなくなることもありますが、覚醒のレベルを維持して意図的に活性することも可能です。また意図しなくても自発動して活性することもあるのがクンダリーニの面白いところでもあります。

またクンダリーニは昇華時に制御不能なレベルにまで活性しますが、そのときのエネルギー量は凄まじい為、意図的に覚醒、昇華しようとする場合はエネルギーラインの整備が必要不可欠です。

今は天地のエネルギーが大変活性してきているので、クンダリーニも昇華しやすい状態になっています。ハートを開いて天地と交流していくと、クンダリーニはどんどん活性していきます。嬉しい事、楽しい事、気持ちのいい事が波動を上げて、それがクンダリーニのエネルギーの活性にも繋がります。

これから沢山の人がクンダリーニ昇華して、よりこの地球での生を楽しむことになるでしょう。
あなたもその中のひとりとなることが出来ます。

クンダリーニの覚醒時に見られる兆候の一部を以下に掲載しておきますので、ご参考までにご覧ください。

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《 クンダリーニの覚醒時に見られる兆候 》

・穏やかなあるいは強烈な恍惚感,至福感が数分間もしくは数ヶ月持続する。

・陶酔感,分離感,軽い体外離脱感、トランスに移行する,空間を凝視する。

・心拍数の増大、電気のソケットに接続したような感じ,ピリピリ,チクチクした痛み、神経力、高血圧、動悸。これは、昏睡状態と交互にくるかもしれない。

・吐き気、腹痛、蛇が体内にいるような感じ、特に腹部や脊椎を這い上がるような感覚。

・心臓発作のような胸部の痛み、全身の慢性的もしくは一時的な痛み、診断が困難である。

・背中の痛みと脊椎に沿った疝痛、頭痛、頭の中をエネルギーがブンブン飛び交っているような感じ、ピリピリ、チクチクする、頭皮を虫がはい回るような感覚、頭部の電気的な感覚、頭皮がパカッと開いたような感じ。

・手や腕もしくは足のしびれ、足の親指の痛みもしくは電気的な感覚、足指の爪が黒ずんだりはがれ落ちたりする。

・性的エネルギーの大きな変動、偶発的なオルガスムス、性器もしくは"脳内オルガスムス"のいずれか。

・子宮頚部の吸い込むような感覚、身体が空気のように軽く感じる;体外離脱体験、聴覚の鋭敏化・・・非常に遠距離の声が聞こえる、色がそれぞれの音に結びついているかのように聞こえる。

・波動やエネルギーが耳を突き抜ける。

・深い内的な音が聞こえたり感じたりする。

・多動の次に来る極度の疲労、髪の毛が逆立つ、妊娠したように胃が膨らむ。

・肺がひとりでに空気でいっぱいになる。

・甘い蜜の味が喉に降りてくる。(ヨーガではアムリタという)


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クンダリーニの覚醒を導くには

 タントラは、主に母なる大地を中心に一番下のチャクラであるムラダーラにエネルギーを蓄え、クンダリーニを覚醒させるメソッドに通ずる。クンダリーニの覚醒には、永い間の瞑想を通して、ムラダーラ・チャクラに眠っていた蛇(3回半トグロを巻いた蛇)を目覚めさせるのだが、成功する例があまり報告されていない。

クンダリーニ瞑想での覚醒のプロセスは、始めに軽い振動と同時に頭上のチャクラであるサハースラーラへ、一気にエネルギーは上昇していく。その時、クンダリーニの蛇は3回半、螺旋状に回転しながら七つのチャクラを貫通していく。

私も以前に、瞑想中に突然、耳鳴りがし始めたかと思った瞬間、強烈な振動が起き始めた。その時は、まだ初めての出来事でもあり、これらの知識がなかったので、自分でも一瞬何が起きたのかさっぱり分からず、恐怖のあまり慌てて床に伏せてしまったのを記憶している。

この振動を導くプロセスは、精神のリラックスを通した安心感と統一が重要であり、それにより空間のプラーナが徐々に振動を開始する。その状態へ持っていくためのコツは、精神的な緊張や身体のこわばりを取り除くために、脱力気味に空間に全重心(精神と身体感覚)を寄りかかるように預ける方法をとる。

その状態まで持っていくことに成功したなら、空間はプラーナで満たされるので既に空気を吸っているという感覚がなくなる。むしろ、しっとりとしたプラーナが徐々に身体の中枢まで浸透してくるので、細胞の隅々が生き返えるように輝き出し、それと同時に、精神はこの上ない平安で満たされる。

もう既に、プラーナが内と外で満たされた状態になっているので、相互にプラーナが共鳴現象を起こし、耳の奥で微かにピーッという耳鳴りが激しさを増す。私はこの音をエーテルの共鳴音を呼び、この共鳴音を瞑想の出来具合の目安にしている。

ここまでくると、精神的な平安から息は自然と脱力してくるので、腰の深部(根の尾?骨)にまで息がストーンと下りるようになり、濃厚なプラーナ呼吸に変わってくる。このプラーナ呼吸の反復が、プラーナ・エネルギーの増殖を導き、腰の位置にあるムラダーラにプラーナが蓄積される。そして、遂に眠っていた蛇を起こすまでにエネルギーは成長し、始めは微かな振動を感じるが、次第に腰の奥がブルブルと回転するような力強い振動に変わってくる。

遂に、サーペント・ファイアー(燃ゆる蛇)の目覚めた瞬間である。この時、強烈な振動と共に3回半の螺旋を描きながら七つのチャクラを一つひとつ貫通しながら、頭上のチャクラであるサハースラーラを目指して、一気にエネルギーは上昇し最終的に天へ突き抜けていく。

この一連の現象を冷静に受け止め、覚めた意識でいられるかが問題であり、大概は恐怖心により、意識の集中を切らしてしまうのが常である。それをクリア出来なければ、次のプロセスへの移行は、先ずないと思った方のがよい。

また、このクンダリーニ瞑想は、意図的にやろうとして出来るものではない。何故なら、意図する意識があると、どうしても野心や好奇心が働くので、息を高ぶらせ空間のプラーナをかき乱すことから、殆どといっていいほど成功せず、これらの変化も起きない。結論として、無心で行なうのが最大の近道であるように思うからである。

しかし、諦めずにこれらのことを念頭において、日々平安を楽しむ意味で、無心で瞑想を続けて行くことをお薦めする。なぜなら何時、クンダリーニが目覚めても落ち着いて対処できるようになるからである。

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(追伸)
  ここで、大事なのは空間に全重心を預け、寄りかかることである。これは、腰を大地と結合させることに通じ、いわば、「大地との契約」 を果たすことであり、「大地の神」への神託でもある。この神託とは、文字通り、神に託すことであり、神に対する全幅の信頼の証である。これなくしては、空間に全重心を預け、寄りかかることはできない。この大地とは、地球の根源的な生命の大地であるが、大概、この生命の大地と殆どの人が繋がっていない。

というのも、現代人の多くはアクセクしてた生活リズムで普段過ごしているため、浮足立ち、完全なる平安を味わうことが出来ないでいる。そのため、おそらく一生、生命の大地とは遊離したままだろう。この根源的な大地のことを 「大地の神」 といっている。この領域と繋がって、はじめて「大地の神」 と契りを結ぶことができる。

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これにより、ムラダーラ・チャクラが大地の精霊である四大力場(四大元素)と結合することで、残りの6つのチャクラが連動し、エネルギー循環を開始する。大自然との調和と一体化には、この大地の四大元素と結合して、はじめて心に平安が訪れるのである。チベットでは、五体投地(ごたいとうち)という、両手・両膝・額の五体を大地に投げ出し、礼拝する姿勢をとる。これも、大地との契りを交わす姿勢と言える。
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by sigma8jp | 2008-12-17 01:19 | 眠れる蛇・クンダリーニの覚醒 | Comments(0)
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