イシス・オシリス神話

  プルタルコスの『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』(柳沼重剛訳 岩波文庫)を皓歯とし、西欧で最も知られたエピソードである。それは死して、再び蘇る神オシリスの神話の原構造を成す。以下は、プルタルコス、デイオドロス、マテルヌス、マクロビウスなどの描写した神話を踏まえて、ペピ王のピラミッド・テキストなどの原資料から、その骨子を再構成したI∴O∴S∴の魔術的な神話である。

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(1)オシリスの殺害
 麗しき者オシリスは、諸国行幸を終えて上エジプトの都市アビドスに帰還していた。かれは強大なるラー大神の世継ぎの皇子として、野蛮な人間界に秩序と文明をもたらす仕事を続けていた。ナイル河神ハピの恵みなき地では、ラーは偉大なる恵みであるとともに、無慈悲な殺戮者でもあったから、非力な人間たちはアストラル界における政権交替を概ね歓迎しているようだ。

もうろん、世継ぎの皇子といっても、かれの権威が及ぶのは地上界と低次アストラル領域だけであり、アストロ・メンタル領域を飛翔する《数百万年の舟》には、不変の輝きを見せる《日の老いたる者》が宇宙的な秩序の要として、世界の軸を回していたのである。

オシリスは、ナイルからわき出した地下水を湛えた湖に囲まれた丘の上で、人間たちの集落を眺めた。かれが統治する前は、食人の習慣をもち、意識を自然と分離することもなく獣のように群れて生活していた狩猟民たちは、槍を鍬に替え、ナイルの恵みを畑に導いて小麦を植え、葡萄を収穫している。

かれらの石と藁で出来た素朴な家の連なりも。どうにか集落から都市と呼べる規模にまで成長してきた。それと同時にトート神の指導により、文字が伝授され、暦が造られ、人間たちの多くが、呪術的な夢のような意識状態から、一年先を見通して計画を立てる思考力を身につけてきたのである。

これらの全てはオシリス神の文明化の大計画に従い、かれの従属神や神官集団が成し遂げた事業である。強制的に食人の習慣を排除したときは、武力も使用しなければならなかったが、人間の前合理的な意識を破砕する良い機会であった。非力な二本足の獣が、考える動物へと進化の階段を一歩進んだのである。

もちろん、そのために多くの人間は精霊を見る能力を失った。かれらの心に外部の世界と、内部の精神心象は別のものだという理解が生まれたからだ。低級な精霊たちのなかには、身の程知らずにも上位のダイモーンたるオシリスの肉体を傷つけてやろうと息巻く者もいると言う。

むろん、既に神格を得た多重存在であるASR-VN-NPRにとっては、上位ダイモーンたるオシリスのアストラル体を破壊されても、神聖の核たるASRの《クゥ》が傷つくことはないのだが、地上に文明を広げ人間の進化を善導するというかれの役目に齟齬が生じるだろう。

もっとも下位ダイモーンに過ぎない小さな神の妬みや、怒りなど何ほどでもなかった。最近のかれを悩ませているのは、弟セト神の奇妙な冷淡さであった。

セトはかれと同位の高次神格を有しているが、同時に巨大な闇を許容する二重性格の神であった。そして、原初の闇、動物の群体霊の支配者としての役柄から、オシリスに与えられた人間の指導者という地位、地上におけるラー大神の世継ぎの皇子という役職は与えられなかった。

地上の指導者としての二人の父神ゲブは、下エジプトを長子オシリスに上エジプトを次男のセトにと望んだが、大神ラーに却下された。セトは役職上、オシリスに敵意をもつ原始的な精霊たちや下位のダイモーンを統率する立場にあり、その両足で太古の蛇アペプを押さえ込んでいる強大な軍司令官でもある。

最近、口さがない者たちが、北方のドーリア人どもの言葉で、かれの兄のことをアポフィス・テュポーンと呼んでいることをかれは知っていた。「アペプと融合したセト」、つまり神々最大の敵であり、大神ラーが何度首を切っても復活する宇宙の竜と、神々の軍司令官セトは、徐々に融合し、ひとつの神格に成りつつあるという陰口である。

幸いにして、そのセトから久しぶりに頼りがあり、地上巡幸の旅から帰還したオシリスを慰労する宴会を開きたいと言う。これはオシリスとセトの確執を望んでいる不平分子に兄弟の仲が良いところを見せつける絶好の政治的アピールの機会でもあった。

そのために常住の下エジプトのデルタ地帯から、セト神の勢力下にある上エジプトの神殿まで行幸したのである。人間たちが刻んだ石の神座に腰を下ろしながら憂い顔で思索に耽っているオシリスのもとに、鮮やかな青い衣装を纏ったイシス女神が軽やかな足取りで訪れた。

少女のように華やかな笑顔を見事な黒髪の下に覗かせるオシリスの妹にして妻であるイシスは、かれの前に素焼きの壺に納められた葡萄酒を差し出した。

「アビドスの民が奉納した新酒とのこと、御身の伝授された技前を加納なされませ。」

兄オシリスは、妻妹の差し出した供物の精髄のみ左手から吸収した。

「まことに人の子らの覚えの早いことよ。かれらは短き生を必死に生きておる。」

イシスは夫の左脇に立ち腕を絡めた。指先にわずかに緊張が走る。

「こたびのご招待、なんぞ口実を設けて断る訳には参りませぬか。聞けば、その覚えの早い人の子の女王も参加しやるとか。弟の七十二人の将軍たちも欠けはせぬでしょうし。」

膝の上に置いた神笏を弄びながら、オシリスは断固として言った。

「ならぬ。ここで吾が引けば戦になる。」

セトの神殿は、巨石の林立するネディトの丘の上に構えられていた。その外見は巨大な要塞のようであり、事実、地上における神々の最大の軍事拠点を兼ねていた。大広間では神酒が際限なく酌み交わされ、神々を地上につなぎとめておく錨の作用をする低次アストラル成分からなる肉体に《酩酊の兆し》が現れていた。宴会場の隅に番犬のようにたたずむ下位のダイモーンのなかには、物質に近いアィテール成分を有した者までいたので、泥酔した人間さながらの騒々しい雄叫びが聞こえてきた。

イシスは妹でありセトの妻であるネフシスに連れられて、この要塞神殿のわずかな彩りである湖の側の小庭園を見物にでかけていた。セトは珍しく陽気であり、その赤い肌を光らせて、気の置けない亭主ぶりを発揮してオシリスを慰労していた。かれの七十二人の神将たちも、さすがに小神として正体を失うまで酔う者はおらず、礼儀正しくかれらの無敵の元帥の言葉に耳を傾けていた。ひとりはしゃいでいたのは、人間の女王アソである。

本来、肉体を有した人間の身で、神々の祝宴に参加するのは危険であった。このエチオピアの黒い肌の女王は、半ば狂っていたのかもしれない。強力な護符の呪力によって、かろうじて身を保っている女は、奉納したいものがあるとセトに告げた。

大広間に赤い霧のような精霊たちが、豪華な装飾を施した長方形の筺を運び入れた。

筺が開かれると、なかはびろうどで内張りされ、人の形にクッションが並べられていた。居並ぶ客たちは、あまりに見事な細工に賛嘆の言葉を惜しまなかった。

そのありさまを赤い瞳でひとしきり眺めると、セトは冷笑をうかべながら言った。

「人の子の持ち来るこの天蓋付き寝台は、今日の客のどなたかに進呈しよう。

どうも余の背丈では収まりきらぬようだ。誰でも良い。身にあう者こそ、取るがよい。」

それを聞いた小さな神々は順番に寸法を試してみた。しかし、戦神の家来とて、ほとんどがセト同様にはみ出してしまい。誰も、身体に合う者はなかった。中位の神として、戯事に参加するのを控えていたオシリスに、客のひとりが強く進めた。かれも微かな酔いを感じて、気持ちが楽になっていた。不作法をしたとて、目付役のイシスもいない。

「いや、兄者になら合うかもしれん。」

セトに半ば抱えられるようにして、オシリスは寝台に横たわった。それは誂えたようにぴったりとオシリスの肉体を抱き込んだ。頭上からセトが覗き込み、可笑しそうに言う。

「これは見事な仕事ぶり。これで棺は兄者のものと決まった。永遠に。」

妙だと思うのと重い天蓋が数人の腕で閉められるのは同時だった。かれの腕は胸の前で交差するように上蓋に押さえこまれ、重い闇が視界を閉ざした。蓋に釘が打ち込まれる大音響が耳を塞ぎ、ついで鉛を隙間に流し込む熱と不快な音が続く。オシリスは奇妙に冷静だった。

緊縛された肉体は、外部の霊光と遮断されたため緩慢に死に始めていたが、内奥の神聖なる霊魂は、既に地上での仕事の集結を覚悟して、アメンティに帰還する準備を始めていた。心残りは妻妹イシスが、非道の道を選んだ弟セトの支配下におかれたことと、文明を築きあげる途上に、戦乱の世が招致させた己が不首尾のみだが、河に投げ込まれたとおぼしき揺れのなかで、かれの脳髄は肉体の意識を保つのが困難になり、真実の闇が訪れた。

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(2)イシスの嘆き
 長い優雅な髪を切り、粗末な人間の衣装を纏ったイシス女神は、ナイルの河沿いに夫の遺体を収めた棺を探し回った。彼女の孤独な探索の旅は、幾日も幾日も続いた。人間たちは、彼女の問いに訝しげに答え、隠し切れない神格の反映を眩しげに見送った。しかし、箱のようなものが河を流れていなかったかという問いに対して、意味ある答えを返すものはなかった。

女神はナイルの支流のタニス河のほとりで、葦の草原に遊ぶ子供に声をかけた。短く髪を切りそろえ、悲しげな表情の美しい女性を見上げた少年は、はっきりと綺麗な木製の筺が、河のなかを葦舟のように進んでいくのを見たと答えた。イシスは少年に祝福を与えると、急ぎ足に河を下った。彼女の後ろ姿を見つめる少年は、葦の陰に隠れ、夕暮れの空に鷹に似た巨大な影が映る。古代神HRV-VRの別名は《天空の鷹神》である。

ナイル河のデルタ地帯にビュブロスという町があった。僅かな痕跡を辿りながら上エジプトの殺害場所から下エジプトに下り、遂に河口付近まで到着した。彼女は霊的な輝きのようなものを目にして、三角州の葦原に歩を進めた。イシスはとある岸辺に巨大なヒースの切り株を見つけて、その上に腰を下ろした。オシリスの霊気が微かに残存している。彼女は切り株に手を当てながら、その成長の軌跡をアカシャの書物のなかから読みとった。

彼女は華美な装飾の棺が波に押しやられて岸辺に打ち上げられ、その周りを庇護するかのようにヒースの木が生い茂り、棺をなかに取り込んだまま、巨大な一本の幹になり、天に聳えていく様子を見た。そして、役人と大工が多数その幹を取り囲み、忽ち切り倒して、滑車に乗せて運ぶのを確認した。

イシスは敢然と立ち上がり、ビュブロスの王宮めざして歩を進めた。

王宮の傍らに飾り石の水汲台のある泉があり、王宮の侍女とおぼしき若い女性たちが、壺を足下においてお喋りに興じていた。イシスはそんな娘たちのなかに座ると、言葉巧みに娘たちを手なづけ、その髪を編んでやり、その肌に神気を含んだかぐわしい息を吹き込んだ。

侍女たちが王宮に帰ると、さほど時を経ずして、もくろみ通りに王妃から参内を招請する使者が来た。イシスは王子の保母として、王妃の相談相手として職を得た。この神秘的に美しく、哀しげな美女は王宮の評判になったが、公然と人と交わることもなく、後宮の保護下に置かれたイシスを見初める男性はいなかった。

自分の立場を確保したイシスは、時が熟するのを待っていた。切り倒されたヒースの幹は、王宮の屋根を支える柱になっていた。ちょうど後宮の奥深くに据えられた巨大な樹木の檻、夫の棺をくるんだ緑の囲いを眺めながら、オシリスの棺を囲んだ生命と時の呪縛が解けるのを、強い魔術をかけながら待っていた。

毎夜、燕に姿を変え柱の周りを泣き叫びながら飛翔し、魔術的な周行により、死せるオシリスの肉体に少しづつ生命力を流し込みながら、柱そのものを夫であり兄である神が再生される子宮に変えたのである。オシリスは元々は、緑を支配する神であり、麦粒が育成し、死んで種子を残し、再び芽吹くように首尾良く再生されるはずだった。

彼女は預けられた末の王子を、炉のなかで燻した。王子の人間としての肉体は、強い熱に焼かれて、薄皮が剥がれるように消えてゆく。その生命力が供物として、オシリスの棺のなかに注ぎこまれているのだ。しかし、それでは王子は死んでしまうので、失った人間の生命力の分だけイシスのもつ神気をそそぎ込んでいた。この幼子は錬金術的な変容のなかで、可死の肉体を不可視の神族の身体に置換しつつあった。

この魔術作業が幾晩か続いた頃、王子の様態に不審を覚えた王妃が深夜の寝床を覗いてみた。

王妃は、燃える炎のなかで微笑むわが子と、柱の周囲を飛び回る燕を見て絶叫した。精妙な魔術は、人間の介入により中断された。

イシスは即座に女神の位相に戻ると王妃の前に神現した。

「われは嘗てありしもの、今あるもの、また向後あるべきもの、すべてなり。

わが纏う衣の裾を、死すべき人の誰ひとりとて、翻せしことなし」

そして、イシスは宮殿の大柱を切り倒して船に乗せるべきこと、王子にかけた魔術が破れたため、もはや可死者でもなく不死者でもない中途半端な存在に成り果てたことを告げた。

王と王妃は懼れ戦き、大船を仕立てて切り倒した柱を載せた。棺をくるんだ柳の巨木は亜麻布に覆われ、香油を振りかけられてイシスの前にあった。彼女の嘆きは大層深く恐るべき泣き声がビュブロスの町に響き、弱き者の生命を奪い、屈強な男達の力を萎えさせた。こうしてイシスは夫の第2の死を嘆いたのである。

人間の船乗りが悉く死に絶えた葦船の甲板で、イシスは柳の樹皮と棺を裂き、薫香に包まれた夫の遺体を取り出した。そして、月の見守るなか葦の三角州のほとりで、未だ神的本質である《バ》が内部で休眠している夫の遺体と性交した。悦びのない、悲しみだけの交わりであったが、イシスは子種を得た。

不完全な錬金術により得た最後の生命力を使い果たしたオシリスは、自らの《カ》を遺体の守護に残して《クゥ》となり、彼岸の者となった。

さて、RA-HRV-KTIの庇護のもと、イシスはオシリスの遺体をブトの葦原に隠した。そして、妊娠した身を抱えて、弟セトの軍隊から下エジプトの三角州を逃げ歩くことになる。イシスは慎重にめくらましの魔術を置いていったが、それさえも完全ではなかった。

《偶然》という名のダイモーンがセトに力を与え、月光のもと狩をしていたセトは、兄の棺を発見する。激怒した軍神は、その場でオシリスの《カ》を蹴散らし、《カート》すなわち遺体を14個に切断して、部下のダイモーンに命じてナイル河全域にばらばらに捨てさせた。こうして、兄の正当な権威を辱めようとしたのである。

再びイシスは、葦船を仕立てて、夫の遺体を探索する。

しかし、前回のように復活の希望はない。彼女は丹念に遺体の切れ端を拾っては、その地に埋葬し、地元の民に命じて神殿を立てさせた。

13ヶ所の神殿が強力な魔力をもつ神の亡骸の上に建造され、上下エジプトは全域がオシリスの肉体で構成されたひとつの巨大な神域となった。最初、セトはこれに気付かなかったが、やがてかれの部下のダイモーンたちが、その魔力を効果的に使えないのを知って、イシスの深謀遠慮を知ったのである。

14個の断片全てが入手できれば、この未曾有の魔術ネットワークは完全なものになるはずだった。しかし、オシリスの生命力の中枢でもある男根が、ナイル河に棲む鎧魚に食べられたため、魔術的な焦点が曖昧な結界に終わったのである。

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(3)ホルスとセトの戦い

イシスは月足りて、世継ぎの神子を産んだ。

ホルスと名付けられた皇子は、同じ名前をもつ3神格の庇護を受けた。

すなわち、前合理的な夢状の意識を支配し、超絶的な天空を駆ける古代神(過去のアイオーン ενεστωζ)HRV-VRと、人間の思索を司り合理的な意識を支配する現在神(現在のアイオーン αιων ουτοζ)RA-HRV-KTI、そして超合理的で明晰な《覚智》の意識を支配する未来神(未来のアイオーン αιων μελλων)HRV-P-KRAThである。これらの超越的な神は、非人格神であり、ダイモーンのような肉体要素をもたなかったので、地上のホルス神を通して顕現した。

しかし、過去現在未来の三世の時代神の庇護を得たと言っても、ホルスは経験不足の少年でしかなかった。ダイモーンの軍団の元帥である叔父セトを打ち破るには、まだまだ役不足だった。そのうちに復讐者の噂を聞きつけたセトが先手を打った。ホルスの隠れ住む三角州に配下の毒蛇を放ったのである。

帰宅したイシスは、青黒く膨れ瀕死の息子を見て、半狂乱になって叫んだ。その声は天空を進む《数百万年の舟》の足をとめた。太陽の停止に伴い闇の帳が降りた世界に、魔術の守護神トートが降臨した。かれは手際よくホルスの気道を開くと、本来の生命力を開放して、体内の毒を洗い流した。死毒の洗礼を受けて復活したホルスは、一足飛びに少年から青年に成長し、トート神の加護を感謝するとともに、敵セトへの復讐を誓った。

「われは、《偉大なる鷹神》なり。天空を開く神眼をもつ神なり。

われは、《二つの眼を額にもつ者》なり。太陽と月はわが双眼なり。

われは、《額に眼なき者》なり。真の闇の支配者なり。

この日より、われは《セトの征服者》たらん。

この日より、われは《鷹の軍神》たらん。

この日より、われは《父の復讐者》たらん。

宇宙の蛇を食らう《鷹神》こそ、わが名前なり。」

かくして、長じたホルスと叔父の軍団は壮絶な戦いを演じた。二つの陣営は、地の精霊族と地上に住むダイモーンたちを巻き込み、嵐を起こし、旱魃をもたらし、山を崩し、河を氾濫させ、大地に深い傷跡を残し、人間と野の獣たちを少なからず巻き込んで、相互に夥しい戦死者を出して、破壊力を振った。この戦いの過程において、勇猛なホルスは一度、セトを捕縛したが、肉親の情にほだされたイシスが叔父の縄眼を解いたとか、セトの首を落として槍の穂先に晒したが、セトは復活したとか、様々なエピソードが伝わっている。

しかし、長期化した戦乱に天上も地上も荒れ果てた。

困り果てた神々は、両者を説得し、《神々の法廷》に事件を預からせた。

それでも決着は容易につかなかった。

死者の王となったオシリスが出廷し、セトを弾劾した。既に完全な霊体となったオシリス神の主張は真摯に受け止められ、オシリスは《真実の声をもつ者》として賛嘆され、かれの名誉は回復された。しかし、死者であるが故に、地上の支配権を巡る争乱の当事者として遇されることはなかった。

事態は正不正を判断するだけでなく、きわめて政治的なニュアンスを含んでいたからだ。

多くの陪審神は、「ホルスが私生児であり、王位継承権はない。」とするセトの主張を退けた。長子が王座を引き継ぐのは正当であると判断された。しかし、裁判長たる大神ラーは、ゲブ神の息子であり、偉大なる蛇の征服者であるセト神の手腕を高く評価していた。対するに勇猛果敢ではあるが、統治者としての能力が未知数である若きホルスに、地上の管理を任せて良いものかどうか。

この長きにわたる戦乱は、アストロ・エーテル階層に深刻な傷跡を残しており、多数のダイモーンが低次の肉体成分を破壊されて、本来は不死であるはずの《バ》や《カ》もろとも分解してしまっていた。さらに能力の低い精霊族の多くは、戦火に叩かれて判断力や思考力を失い悪霊と化して戦場を徘徊している。さらに悪いことに人間に対する文明化プログラムは、オシリスの暴力的な死とともに中断され、野蛮化した部族が神々の戦争を模擬するかのように戦い続けていた。食人の習慣も復活していた。

大神ラーは、オシリスと同程度にセトを評価していた。かれの政権奪回手段が違法であることを百も承知で、ホルスを罰し、地上をセトに任せようと判断していた。しかし、かれの陪審神の殆どがホルスを支援していたので、切り出す機会を伺っていた。

かくして、裁判は八十年も続いたと言う。

イシスは当事者として、裁判所のある島に渡航することを禁じられていた。しかし、渡守を買収して島に辿り着いたイシスは美しい寡婦に変身し、嘘の身の上話でセトを籠絡した。首尾良くセトの口から「跡継ぎの息子がいる者の財産を奪ってはいけない」と言わせたイシスは正体を現した。セトは歯がみして悔しがったが、自身の口から出た言葉に縛られたセトは法廷での解決を断念せざるを得なかった。

その後も、河馬の姿に変身し、水中で決闘するなど二神の対決は続いた。一時は、政治的に不利な行動をしたホルスの両眼をもぎ取るという勝利を収めたセトだが、死者の国で権力を掌握したオシリスが疲れ果てた神々を半ば脅迫する形で、ホルスの王位継承権を認めさせるまで、この争いは収まらなかった。オシリスを支援したのは、前方への時の流れを統括するHRV-P-KRAThであったと言われている。

あるいは、現在もなお時空の彼方で、不思議な獣の顔をしたセトと鷹の頭のホルスは戦い続けているのかもしれない。

公式の記録には、勝利者ホルスは《二つの国の王ホルス》として地上を支配したことになっている。

これらオシリス、イシス、セト、ネフシス、そして幾つもの顔をもつホルスの物語は、遥かな古代のエジプトで、あるいはアカシャ記録の隣のページに、綴られた神話の概要である。

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by sigma8jp | 2008-11-15 00:30 | 「イシス・オシリス神話」 | Comments(0)
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