カテゴリ:ノヴァーリスのロマン派文学( 3 )

ノヴァーリスと魔術

  ノヴァーリスは、ドイツ・ロマン派を代表する幻想文学作家にして、オカルティスト。ノヴァーリスことフリードリヒ・フォン・ハルデンベルグは、1772年にハルデンベルク家の所領オーバーヴィーダーシュテッドで生まれた。1785年に彼の父親が製塩所の監督官に任ぜられたため、家族はヴァイセンブルグに移住。

1790年に、彼はイエナの大学に入学し、翌年にはヴィッテンベルグ大学に移籍。そこで法律学を学んだ。1792年に、フリードリヒ・シュレーゲルと運命的な出会いを果たす。

この二人の出会いはドイツの文学史に大きな軌跡を残すことになる。ドイツ・ロマン派は、この二人を核にして、形成されたからである。二人の周りには、さらに数人の詩人、文筆家が集まり、機関誌「アテネーウム」を発行する。この雑誌の発行は1798年から始まるが、ノヴァーリスというペンネームは、この時から使用し始めた。

ともあれ、二人の友情は、ノヴァーリスの死まで続くことになる。1794年には法律の国家試験に合格した。そして製塩所の監督補となる。この年、彼はゾフィー・フォン・キューンという少女と出会っている。彼女との悲惨な恋愛体験は、彼の文学作品に大きな影響を与えることになる。

彼女はノヴァーリスと歳が離れ、この時12歳。そして彼女が13歳になる直前、非公式ながら婚約をする。だが病弱な彼女は、1795年には重病に倒れる。3回にも及ぶ手術を経ながらも彼女は回復することなく、1976年に死去した。

これは彼に大きな精神的な痛手を与えるとともに、彼女との間に一種の霊的交感を引き起こすことにもつながった。 この時、彼は自殺を大真面目に考えたのだが、知識欲と学問への情熱が、それを押し留めた。 その後、1797年にはフライベルクの鉱山学校へゆき、鉱物学と自然科学一般を学び、1799年には製塩所で順調な出世をとげた。

だが、彼は結核に冒されていた。1800年に病状は悪化する。同年、彼はチューリンゲンの地区管使長に任命されたが、病気ゆえにそれを辞退せざるを得なかった。そして、1801年に29歳の若さで夭折するのである。

ノヴァーリスの知識欲、学問への情熱は凄まじいの一語に尽きる。文学ではヘルダー、ゲーテ、シラーを研究した。さらには、ギリシャ哲学、スピノザ、ライプニッツ、カント、フィヒテの哲学も学んだ。とくに彼はフィヒテとは縁が深い。ノヴァーリスの父親はフィヒテの後見人であり、この哲学者とは家族ぐるみの付き合いがあった。

他に、自然科学一般、化学、鉱物学、物理学、数学にも関心をよせた。彼は、当時の最先端であったガルバーニ電気、ラヴォアジェの化学、ブラウン医学についても熱心に学んでいる。
そして、プロティノスの新プラトン主義、パラケルスス、ヴァン・ヘルモント、ロバート・フラッド、メスメルの動物磁気説、キリスト教カバラに関心を示し、魔術についても肯定的に捉え再評価を試みている。特に彼が強い関心を示したのは、ヤコブ・ベーメである。

彼はこうしたことを学ぶにあたって、ノートやメモを残しており、研究者はそこから彼の思想を研究することができる。

ノヴァーリスは、魔術師達が、真実に基づいていたと認める。魔術師達は、この世を越えた超越的な力に基づいて作業をしていたと言う。ただし、魔術には、迷信に満ちた不純物も混入しているという。ここでノヴァーリスは、魔術を「真の魔術」と「単なる魔術」に区別する。

「単なる魔術」とは、「単なる機械論」につながるものである。これは活動的であろうとしない、自分の想像力を用いようとしない魔術のことを指すという。すなわち、宇宙を単なる機械と見なし、人間の自由、すなわち人間が状況に応じて積極的に立ち向かう活動を否定する思想である。

これは物質的な結果しか見ない決定論である。例えば、運命を享受するのみとしてしか使わない通俗的占星術。あるいは、物質的な金属変性だけを求めるフイゴ吹き錬金術などが、これにあたる。

こうした「真」と「単なる」の違いは、「活動的であるかどうか」、「創造的想像力をもちいるかどうか」によって決まる。こうした創造的想像力が欠如してしまっては、魔術に限らず、科学も論理も同様であるという。

ノヴァーリスは、「魔術」を「感覚世界を思いのままに用いる術」と定義した。彼によると人間は、「身体」と「魂」の2つの感覚システムから成るという。「身体」は、「外なる世界」ないし「自然」という「外的刺戟」に従属している。

それに対し、「魂」は「霊(ガイスト)」という「内的刺激」に従属している。両者は連合し関連しあっており、普段は身体システムによって刺戟を受ける。しかし、魂システムの方が身体システムに刺戟を与えることもある。いわば、両者は「完全な相互関係」になければならないのである。

両者は調和しなければならない。しかし、調和を得るには調整の過程として、不調和を経験することも必要である。この過程において、身体システムが魂システムに従属することも必要になってくる。その技術こそが「魔術」であるという。

ぶっちゃけ、普段の我々は身体システムが魂システムを従属させている。魔術は、その関係を逆転させてしまう行為なのだ。それによって、人間は物質的な「感覚世界」の優位がひっくり返され、霊や精神世界の力を強めることが出来るのだと言う。

ノヴァーリスの魔術は伝統的なそれの影響を受けながらも、それとイコールではない。独自の定義と理論でもって、それを理解しようとしていた。

彼の代表作としては、まず「青い花」が挙げられる。これは1799年から執筆され始め、第一部が完成したが、結局彼の死を持って未完のままに終わっている。この作品は、ヤコブ・ベーメの影響が顕著である。

「ザイスの弟子たち」は、1798年頃から構想されたが、ノヴァーリスがヤコブ・ベーメの著書と出会った途端、「これは全く違った形で書き直す必要がある」として中断された。それで結局未完のままに終わってしむのであるが、これはノヴァーリスの思想を知る上でも重要な作品の一つである。

この物語は、イシスを祭るザイスの神殿において、秘教的教団の「師」と弟子達と知識を求めてやってきた旅人達の哲学的会話が成される。そして、これは長編小説「ハインリヒ・フォン・オブターゲン」へと繋がってゆくのである。

ともあれ、ノヴァーリスは、自分の創作活動を行うにあたって、膨大な研究と取材を行い、凄まじい量の暗喩、シンボルを作中に散りばめる。だから、これを真面目に注釈しようとしたら、分厚い本が一冊出来上がってしまうであろう。
実際、ここで紹介したのも、彼の思想の片鱗にすぎない(他の項目でも同様ではあるが、)。

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「ノヴァーリスと自然神秘思想」 中井章子 創文社
「ドイツ・ロマン派全集・2 ノヴァーリス」 ノヴァーリス 国書刊行会
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by sigma8jp | 2008-11-14 23:23 | ノヴァーリスのロマン派文学 | Comments(0)

ノヴァーリス

b0140046_23121937.jpg  1772~1801 ドイツ初期ロマン派の代表的詩人。本名はフリードリヒ=フォン=ハルデンベルク。
大学ではおもに法律を学び,ライプツィヒ大学在学当時には,初期ロマン派の理論的指導者フリードリヒ=シュレーゲルと親交を結ぶ。卒業後フィヒテの自我哲学の研究に専念し強い影響を受ける。

1794年,当時12歳の少女ゾフィー=フォン=キューンと出会い,翌春婚約を結ぶが,彼女は病気のため2年後に永眠。この恋人の死は彼によって深い形而上学的神秘として体験され,以後の彼の詩作に決定的な意味をもつ。

『夜の讃歌』(1800)はこの愛の体験を基にして書かれた詩であるが,彼岸の世界で亡き恋人との再会を願う詩人は,永遠なる夜の国におもむこうとして清浄な“死への憧れ”を歌い,恋人の死を聖化している。

その後フライベルク鉱山学校に入った彼は,地質学者ヴェルナー教授の指導を受け,自身の自然観に著しい進展をみせる。

『ザイスの弟子たち』(1798)はそれの詩的結晶であり,自然の謎を解く鍵が人間の心と愛にあることを教示している。

『青い花』の邦訳名で知られる彼の未完の主著『ハインリヒ=フォン=オフターディンゲン』(1799~1800)は,彼が散文的とみなしていたゲーテの教養小説『ヴィルヘルム=マイスター』に対抗して書かれたものであって,時間と空間を超越した神話的世界がここに展開されており,全体は詩と愛の秘蹟の礼讃に終始している。

ここにおいては,童話が,このような神秘的世界を描く最適の表現形式であって,“詩の規範”とみなされている。

そしてこのドイツ=ロマン主義の典型といえる作品の根幹をなす思想は,人間の魂の内奥から発する強烈な想像力が世界のすべてを変容させ支配すると考える,彼の「魔術的観念論」である。

ほかにおもな著作として,敬虔な宗教心を吐露した『聖歌』(1800)がある。さらには,内面の根源的世界への回帰を魂の究極のあり方とみなすロマン主義的な哲学的思索の跡を示す数多くの断章があり,この意味で,ノヴァーリスにとっては,「哲学」とは本来「郷愁」だったのである。

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《 夜の讃歌 》 "HYMNEN AN DIE NACHT"
  諦観と憧憬が融合し、青白き焔となつて夜と死を讃美するノヴァーリス畢生の名作。その想念はドイツ・ロマン主義者に脈々と受け継がれた暗き情熱の源泉となつた。結句に置かれた「死への憧れ」こそは、時代を先駆けた孤高の精神による透徹した結晶である。

地は定形(かたち)なく曠空(むなし)くして
黒暗淵(やみわだ)の面にあり、神の靈水の面を覆ひたりき

 ---- 創世記 ----

 黒暗(やみ)の潮 今満ちて 

 晦冥の夜(よる)ともなれば

 假構の萬象そが★性を失し 解體の喜びに酔い痴れて

 心をのゝき

 渾沌の母の胸へと歸入する。

 

 窓外の膚白き一樹は

 扉漏(とぼそ)る赤き灯(とぼし)に照らされて

 いかつく張つた大枝も、金屬性の葉末もろ共

 母胎の汚物まだ拭われぬ

 孩兒(みどりご)の四肢の相(すがた)を示現する。

 

 かゝる和毛(にこげ)の如き夜(よる)は

 コスモスといふ白日の虚妄を破り、

 日光の重壓に 化石の痛苦

 味ひつゝある若者らにも

 母親の乳房まさぐる幼年の

 至純なる淫猥の皮膚感覺をとり戻し

 劫初なる淵(わだ)の面(おも)より汲み取れる

 ほの黒き祈り心をしたゝらす......

 

 おんみ天鵞絨の黒衣せる夜(よる)、

 香油(にほひあぶら)にうるほへるおんみ聖なる夜、

 涙するわが雙の眼(まなこ)を

 おんみの胸に埋むるを許したまへ。
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by sigma8jp | 2008-11-14 23:06 | ノヴァーリスのロマン派文学 | Comments(0)

鉱物幻想 〔青い花・石の花・地底の花〕

準備中
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by sigma8jp | 2008-11-06 23:31 | ノヴァーリスのロマン派文学 | Comments(0)