カテゴリ:「体外離脱」と「臨死体験」( 7 )

フォーカス35~49とミラノンの意識の階梯

  モンローはミラノンという高次の生命存在からさまざまなことを教わったが、その一つに「意識の階梯」がある。意識状態にはさまざまなレベルがあり、それぞれに異なる振動数が対応する。
低い振動数に対応する意識レベルから高い振動数に対応する意識レベルがある。生命の発展段階に応じて次のようになる。

■レベル1~7   植物の意識

■レベル8~14  動物の意識

■レベル15~21 人間の意識

このようにレベルは7個で一つのグループを形作り、それぞれのグループに学習すべきテーマがある。1、8、15のように7離れたレベル間には似た性質があると言われる。これは1オクターブ離れた音階同士に似た響きがあるのと類似している。
人間意識のさらに上がある。

■レベル22~28

■レベル29~35

■レベル36~42

■レベル43~49
レベルは49で終わらない。さらに上がある。
モンローのフォーカス・レベルはミラノンの「意識の階梯」とは異なるものであるが、フォーカス18以降はミラノンのレベルに従っていると思われる。

■フォーカス22~28
いわゆる死後の世界 (27まで来て次生へ輪廻転生する)

■フォーカス29~35
モンローがI・There(向こうの自分)と呼ぶところのすべての過去世、現世の自分の集合体意識を体験できるレベル。
内的世界は外的世界とつながっていて、フォーカス35では太陽系内を探索可能。

■フォーカス36~42
I・Thereクラスター(自分のI・ThereとつながったすべてのI・Thereの集合体)の意識を体験できるレベル。
フォーカス42まで来ると太陽系を脱出し、銀河系内の星々を探索できる。

■フォーカス43~49
I・Thereスーパークラスター(I・Thereクラスターの集合体)のうち、自分のI・Thereクラスターの近傍の意識が体験できるレベル。
銀河系のコア、銀河系外宇宙を探索できる。
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by sigma8jp | 2008-12-29 01:24 | 「体外離脱」と「臨死体験」 | Comments(0)

体外離脱と死後の世界

  ここではロバート・モンローやモンロー研の人たち(ブルース・モーエン等)により明らかにされてきた死後の世界について記述する。ロバート・モンローについての解説のセクションで書いたが、モンローによれば意識というものは本来、光・電磁波のように連続スペクトルである。

覚醒時には、意識はその連続体のうち物質界にマッチした部分に主にフォーカスされている。意識が覚醒状態からずれていくにつれ、連続スペクトル上をドリフトし出す。そして次第に物質界から離れ非物質界に入っていく。それにつれ超常的な知覚が可能となる。モンローはそういった変性意識状態を表すのにフォーカス・レベルという概念を導入した。レベルが大きくなるほど、意識は物質界から離れていく。


◆フォーカス10
  意識ははっきりと目覚めているが、体は眠っている状態。自分の寝息が聞こえる。実際のところ意識のフェーズは覚醒時から比べればずれている。五官からの信号は弱まっている。


◆フォーカス12
 意識の拡張した状態。肉体からの信号はさらに弱まる。頭がぬっと上に突き出てパノラマ的な視界が得られたという体験報告もある。様々な映像が見える。これはモンローによれば夢の素材になる材料ということだ。自身のガイド(守護霊、ハイヤーセルフ、光の存在などいろいろな呼ばれ方をする)との交信が可能になる。


◆フォーカス15
  無時間の状態。時間の概念が存在しない。物質界からの信号はさらに減少する。真っ暗な奥行きのある空間を見る人も多い。仏教で言うところの「空」の世界に近いという指摘もある。自分の過去世情報にアクセス可能。


◆フォーカス21
 時空の縁。他のエネルギー・システムへの架け橋。深いデルタ睡眠の状態に相当する。ただし、精神は完全に覚醒している。ここは物質世界と非物質世界・死後の世界との境界であり、日本人的に言えば三途の川のある場所である。


◆フォーカス22
  薬物常習者、精神撹乱状態や昏睡状態にある人の意識状態。

23以降27までの意識状態は死者の取る意識状態で死後の世界に相当する。モンローはフォーカス・レベルという言葉を使い始める以前(「魂の体外旅行」を書いたころ)は環体世界という言葉を使っている。死後の世界はいくつもの環体世界から成り、最も内側の環体から外側の環体まで何層にも分かれているとしている。


◆フォーカス23
 「魂の体外旅行」では最も内側の環体と呼ばれた世界。この意識状態にいる魂は何らかの形で未だに地球の物質世界とのつながりが切れないでいる。自分が死んだことがわかっていない場合が多い。生きている人と会話をしようと試み続けたり、あるいは自分の住んでいた家に居続けたりする。俗に言う幽霊はここの住人。

また、自分の思いが生み出した世界に閉じ込められている人もいる。戦場を友軍を探して戦車で果てしなく走り続ける人の例がモーエンの本に出てくる。自分が爆死したことに気づかず、同乗していたはずの戦友たちがいなくなっていることもさして気にせず、炎天下の砂漠を果てしなく戦車で走り続けている。彼にとって時間の感覚はない。

100年以上前に船が爆発して溺れ死んだパトリックというスコットランド人の話がロザリンド・A・マックナイトの本(関連文献参照)に紹介されている。マックナイトはモンローの初期における共同研究者・被験者である。この本にはコントロール・ルームにいるモンローと被験者であるマックナイトの間の会話の実録が載せられている。

ここでマックナイトはチャンネラー(媒体)としての役を取り、パトリックの声を伝えている。パトリックは自分が死んだことを知らず、凍りつくような北の海の波間を木片にしがみついて浮遊していた。助けが来るのをずっと待ち続けて。

彼にとって船が爆発したのは昨日のことのようにも、遥か昔のことのようにも思えた。長い会話の後、モンローらはパトリックを救出しフォーカス27へ連れて行くことに成功する。このエピソードはパトリック事件という名でモンロー研関係者内では有名である。ゲートウェイ・プログラムに参加すると水曜日の晩に実録テープを皆で聴く機会がある。

その他、自分の思いが作り出す世界に閉じ込められている人の例はモンローやモーエンの本に数限りなく登場する。数例挙げると、自分が死んだことに気づかず、病院のベッドの上で死が来るのをいつまでも待ち続けている人、キリスト教の教えの最後の審判のラッパが鳴るのを待ち続ける人、戦争での槍の傷にいつまでも苦しんでいる人など。


◆フォーカス24~26
  信念体系領域と呼ばれる。この世界はいくつもの世界に細分化されている。それぞれはある特定の共通の信念や価値観を持つ人々が住んでいる。あらゆる時代、地域の人たちがここにいる。たとえば、キリスト教の一つの宗派を信じる人たち(の想い)が造った世界。彼らはそこが天国だと信じて疑わない(疑った人は抜け落ちてしまう)。

キリスト教の様々な宗派に応じた「疑似天国」がいくつもある。死後の世界に一般的に言えることは、自分の想いが具象化・物質化するということだ。一人の想いは弱く、造られたものはすぐに雲散霧消するが、大勢の人が共通の強固な信念を持つと、それにより造り出されるもの・世界は強固で、そこに住んでいる人たちにとっては現実世界である。

人をだましたり、人の持っている最も大切な物を盗むことで相手を傷つけることに生きがいを見出す人たちが集まり住んで、互いに永遠に傷つけあっている世界もある。互いに強姦しあう世界、アルコール中毒者が集まっているアル中地獄など。ここにはありとあらゆる信念に基づいた世界があるという。地獄的世界とも言える。同じ信念が生み出す世界でも26から24へ行くほど程度が激しくなる。


◆フォーカス27
 霊的に極めて進化した人達の想念により創り出された世界。人はここに来てはじめて次の生へ転生することができる。機能によりいくつかのセンターに分けられる。


〔 レセプション・センター 〕
  死者を暖かく受け入れる場所。死のショックを軽減するようこの世の環境が再現されている。モンローがまるで地上の「公園」のようだと言った場所はここの一部である。多種多様な人々に対応した様々な環境が用意されている。ヘルパーと呼ばれる人たちが、死んでここまでやって来た人の親や祖母、友人、牧師、僧侶などに変装して死者を暖かく迎え入れ、死者が死のショックから早く立ち直れるようにする。


〔 癒し・再生センター 〕
 リハビリ・センターとも呼ばれる。怪我や病気が原因で死亡した人たちは、ヘルパーの手助けでフォーカス27までやって来ても、未だに地上の病院にいると錯覚している場合がある。怪我や病気は死と共に無くなっているのだが、心の想いが未だにそれらを造り出している。それらを徐々に除いていく必要があり、それを提供するのがここである。また、心的なダメージ(エネルギー体へのダメージ)なども癒される。

 
〔 教育/トレーニング・センター 〕
  すべての人間の過去世データが蓄えられている場所があり、データを取り出し追体験できる。また必要に応じて新しいアイデアが生み出される(発明がなされる)場所もある。そのアイデアには誰でもアクセス可能。似たような発明が世界中でほぼ同じころになされるのはこのためである。宇宙の他の生命系に行ってそこを観察することもできる。


〔 計画センター 〕
 次の人生についてカウンセラーと協議し概要を計画する場所。
カウンセラーと一緒に過去世データを見て、今までどのように進歩してきたか、どこが更に改善が必要か見極める。次の人生にはどのような選択肢があるか教わり(あまり選択肢のない人も多い)、生まれる環境を選択する。重要な出会いとかはあらかじめ設定されるが、人生の詳細は決まっていない。

またこのセンターではすべての人間の願いや意思を実現すべく、これから起こるすべての事象のタイミングを常にアレンジしている。これを担当する知的存在たちはその意識の中に担当領域内のすべての人間の思いや行動を把握すると同時にすべての事象をも把握する能力を持つ。


〔 次の生を受けるまで待つ場所 〕
  人間に生まれるまで順番を待つ人の列は長い。順番を管理する知的存在はED(エントリー・ディレクター)と呼ばれる。人は全員生まれる前に一切の記憶を消去する場所を通過しなければならない。そこを通過する際に拡大していた意識は物質界のみに集中するように圧縮される。
中には広がったままで人間に生まれる場合がある。

そういう人は過去世の記憶を持っていたり、他の人の考えがわかったり、いわゆる霊感が働いたりする。その場所を通過後、各自の生まれる時、場所へ向けて飛び去っていく。親子や夫婦として生まれる人たち、何らかのつながりのある人たちは意識の細い糸で互いにつながっている。


〔 フォーカス27を維持運営する複数の知的存在 〕
 各センターには大勢の知的存在が働いている。彼らはヘルパーと呼ばれる。ブルース・モーエンは彼らをConsciousness Workers(CW、意識労働者)と呼ぶ。あまりふさわしい名前とは思えない。彼らの中にはフォーカス23、24~26に囚われている人達を27まで連れてくるという任務を負っている存在たちもいる。

ヘルパーたちはフォーカス27で働くことで、よりいっそうの霊的成長を遂げ、「卒業生(グラッジュエート)」になることを目的としている。卒業生は「光の存在(Being of Light)」とも呼ばれる。


〔 人は死後、どの世界に行くのが一般的か 〕
  統計的な数値は明らかになっていないが、相当数の人達がフォーカス23~26に囚われているということだ。「究極の旅」では十人中、九人は信念体系に囚われているという表現がある。またかなり昔の人達もそこに含まれている。ネアンデルタール人のグループの造る信念体系領域の話が「究極の旅」に出てくる。

フォーカス27まで来る人はたいていヘルパーや後述するガイドたちの手助けを得ている。ある人が死ぬと、ヘルパーたちはその人より前に死んだ肉親や友人の姿になってその人の前に現れる。あるいは光の存在として現れる(これをキリスト教徒はキリストと見る場合が多い)。

ただ心を閉ざしている人や自分の想いや恐怖の中にどっぷり漬かっている人の場合にはこの姿がまったく見えない。そのためその人の思いに応じてフォーカス23や24~26へ行ってしまうのだ。我々生きている人間に幽霊が見えないのと同じで、死んだ直後の人間にはフォーカス27のヘルパー達の姿は見えにくいのである。


〔 救出活動(レトリーバル) 〕
 フォーカス23に囚われている人たちを27まで連れて行くのをレトリーバル(救出活動)と言う。生きている我々が体脱などでフォーカス23へ行った場合、そこの住人は我々の姿を見ることができる。その理由は我々は未だに物質界とのつながりがあるのと、23の住人は物質界のことしか把握できないからである。彼らはヘルパーの姿は見ることができないが、我々のことは見ることができる。

これを利用すれば効率よく救出活動が行える。つまり、我々生きている人間とヘルパーやガイドが組みになるのだ。ヘルパーらは23に囚われた人たちの居場所がわかるので、我々をそこまで連れて行く。そして我々がその人たちに声をかけ、27まで一緒に連れて行く。

27まで行けば、そこにはヘルパー達がその人の親族などに変装して待っているので、後はうまくいくのだ。27のレセプション・センターには様々な環境が用意されていて、到着した人たちが恐れたり違和感を抱いたりしないようになっている。

フォーカス23に囚われた人を救出しフォーカス27の安全な場所へ連れて行く活動。モンロー研でのライフライン・プログラムはまさにこのための体験プログラムである。救出するのは過去世の自分だったり、自分と何らかのつながりのある人の場合が多いという。

フォーカス23に囚われている人の意識は、この世への未練や執着、怨念のため、あるいは自分が死んだことを認識していないために、未だに物質界に強く結びついている。そのためヘルパーやガイドなど高次の存在がコンタクトしても、その存在や声を認知することができない。それに反し、我々のように未だ肉体を有する人がコンタクトすると容易に認知する。

救出活動とは、我々生きている人間がガイドやヘルパーの手助けのもとフォーカス23へ行き、そこに囚われている人にコンタクトし、フォーカス27まで連れて行く活動を言う。ただ助け出される人の信念や好奇心に応じて、フォーカス27へ行く途中でフォーカス25などの信念体系に吸い寄せられてしまうことが往々にしてある。

ブルース・モーエンの著作(このHPの関連文献参照)には、ブルースが救出活動を通じて徐々に死後の世界について、直接体験を通して知見を得ていく様が描かれている。ブルースによれば、最初はまったくフォーカス23の人が見えなかったのが、次第に見えるようになったという。またコミュニケーションがうまくできるようになったという。


〔 トータル・セルフ 〕
 トータル・セルフとはグレーター・セルフとも呼ばれ、より大きな自己のことで、過去世のすべての自己の集合体である。すべての人にはそれぞれ、ガイドと呼ばれる霊的存在が複数いる。ガイドは一般には守護霊とか守護神、ガーディアンと呼ばれることもある。またハイヤーセルフと呼ばれることもある。

何百、何千といる過去世の自分の中で人間として輪廻することを終了した者達である(中には別の生命系での人生を終了したものもいる)。大勢いる自分の中で霊的に進歩前進した者達とでも言ったらいいだろうか。

この定義は何だか矛盾しているように思われるかもしれない。ある時点で輪廻を終了したのならその時点から後の人生というのは存在しないはずじゃないのかと。モンローの「究極の旅」180ページによれば、毎回ガイド達が、過去世の要素や人格、記憶を混ぜ合わせて、新しい人格を創り出して人間として送り出しているとのことである。

トータル・セルフとは過去世の自己の集合体であり、ガイド達がそのコアにいる。今の自分とは意識の糸でつながっているが、それを顕在意識的に明らかに知っている人は少ない。自分の意識の階梯を上がっていくと、上の方でこのコアに、つまりガイド達につながることができる。そのため、ハイヤー・セルフという把握のされ方をすることもある。

モンローはトータル・セルフという言葉は使わず、「向こうの自分」(I/There、IT)と呼んだ。あるいはその中の代表格(つまりガイドたち)のグループをエクスコム(EXCOM、エグゼクティブ・コミッティー)と呼んだ。ブルース・モーエンはガイドたちをディスク・メンバーと呼ぶ。その理由はディスク(円盤)の上に彼らが並んでいたからだ。

ガイドはそれぞれが別々の人格、経験を持つが、集合体全体(トータル・セルフ)としてみれば、可能な限りのありとあらゆる経験、知識、感情が蓄えられている。ガイドたちは我々が生まれたときから、我々のことを見守ってくれている。ただこちらが意識を閉ざしているので通常はコミュニケートできない。

彼らはときどき存在を示そうとするのだが、我々はほとんどの場合に気が付かないか、気が付いても「まさか」と無視してしまう。危ないところで大事故を免れたとかいう場合は、ガイドが何らかの手助けをしていることがある。ただ、人間は皆いずれ死ぬのであるから、手助けがないことの方が多いと考えた方がいい。

ガイドは全知全能ではなく、彼らにも知らないこと、できないことがある。これはフォーカス27で働くヘルパー達全般に言えることで、モーエンの本を読んでいると、ときどきそういう場面に出くわす。これこれについてはどこそこのセンターの連中の方が詳しいからそっちに聞いてくれとか言われたりする。

モンローの場合でも、初めインスペックという「光の存在」が現れていろいろ教えてくれるが(後でガイドであることがわかる)、あるところで消えてしまう。モンローがインスペックと同じレベルまで達したからだ。
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by sigma8jp | 2008-12-29 01:19 | 「体外離脱」と「臨死体験」 | Comments(0)

体外離脱とフォーカスの世界

  ロバート・モンローについて今更ここで説明する必要はないだろう。知らない人はTMIのオフィッシャル・サイト(リンクページ参照)を訪問されることをお薦めする。このサイトは日本語で読むこともできる。OBEのGuru的存在である。

彼のこの分野における一番の貢献は、モンロー研を設立したことと、ヘミ・シンク(Hemi Sync)と呼ばれる音響技法を開発し、誰でも自宅でテープまたはCDを用いて変性意識状態を体験できるようにしたことである。もっともモンロー研で聞くのと自宅で聞くのとではその効果に大きな差があるのも事実ではある。

モンローは40年間にわたる数千回に及ぶ体脱体験から人間の意識状態について次の知見を得るに至った。まず体外離脱という言葉は不適切で、意識の状態をずらしていくと空間的移動を伴わなくても種々の異なる世界(次元)へ行くことができる。さらにこういった世界は三次元物質世界に非常に近い世界からそうでない世界まで何十も存在している。

人間の意識の状態をどこにフォーカスするかに応じて異なる世界に行ける。ちょうどラジオの周波数を変えていくと、周波数に応じた局が選局されるように。これは、言い換えれば白色光がプリズムで分光すると波長(振動数)に応じて七色のスペクトルを呈するように、意識もスペクトル状であるということだ。

意識は低い振動数に相当する状態(物質界の肉体内に局在している状態)から振動数の高い状態まで取りうる。これらのいくつもの意識状態を表すのにモンローはフォーカス・レベルという言葉を便宜的に使った。たとえばフォーカス10とか、フォーカス21など。日常起きているときの意識状態に近いほど番号が小さい。代表的なものは以下である。

ここで23以降は死後の世界(死者が取る意識状態)である。なお、以下の記述はモンローの3部作だけでなく、TMIで受けた説明とブルース・モーエン(Bruce Moen)の著作も参考にしている。

Bruce MoenはTMIでの自らの体験を4冊の本に著している[Exploring the Afterlife Series (Hampton Roads Publishing Company]。

邦訳が出ていないのが残念だが、各フォーカス・レベルでの体験が詳述されている。特に死後の世界や高いフォーカス・レベルについては「向こうの世界」にいるモンローに導かれて探索し、生前のモンローも記述し得なかった多くの発見をしている。体脱探索者の必読書である。

◆フォーカス10
体は眠っているが意識は明らかな状態

◆フォーカス12
意識が拡大した状態。自分のガイド、守護霊、ハイヤーセルフなどと呼ばれる知的存在とのコミュニケーションが可能になる。これができるかどうかでその人の霊的成長に大きな差が生まれる。

◆フォーカス15
無時間の状態(過去世の情報にアクセスできる)。人によっては奥行きのある三次元的暗闇を見る。

◆フォーカス21
他のエネルギー・システムへの架け橋

◆フォーカス22
夢、精神撹乱状態

◆フォーカス23
各人が自分の想念の創り出した世界の中に囚われている状態。
死ぬときの恐怖心のままの状態に囚われた者、死んだことがわからず体の傷の激痛に何百年も苦しんでいる者、瓦礫の下敷きになったまま助けが来るの待っている者、戦場を友軍を求めてあてどなくさまよい続ける者、最後の審判のラッパの音が鳴るのをただひたすら待ち続けている者など。俗に言う幽霊もこの層にいる。自分の住んでいた家にいつまでも住み続け新しい住人を驚かす幽霊など。

◆フォーカス25(信念体系)
似たようなことを信じている人が集まってその想念が生み出した世界。たとえば、キリスト教の天国の存在を信じている人たちの思いが造り出した世界。他人をだますのを喜びとしている者が集まって互いにだましあい続けている世界。

◆フォーカス27
モンローが公園(Park)と呼んだ場所。暖かく迎え入れる人達が待っている世界。次の輪廻転生先に行く準備をする。霊的に進化した人達によって造られ維持運営されている。以下のセンターがある。

Reception Center(受け入れセンター:死者の受け入れ場)、
Rehabilitation Center(再生センター:死のショックを癒す場)、
Education Center(教育センター:過去世データの貯蔵場、新しいアイデアが生み出される場)、
Planning Center(計画立案センター:次の生について計画する場)

それぞれ知的存在(Intelligences)によって運営されている。
人は死後、フォーカス23~26の世界へ行く場合が多い。
27のヘルパーと呼ばれる存在達はフォーカス23~26の住人を何とか27まで連れてこようと努めているが、23~26の住人は自分の思いの中にどっぷり漬かっていて、ヘルパーの声が聞こえない。

モンロー研でのライフライン・プログラムでは23に囚われている人たちをガイドやヘルパー達の手助けを借りてフォーカス27まで救出する活動を行う。我々のようにまだ肉体を保有する人は23に囚われている人とコミュニケートしやすい。23の住人にヘルパーの姿は見えなくても我々の姿は見える。だから我々がまずコンタクトし、その後27まで連れて行くのだ。

◆フォーカス34・35(ギャザリング)
モンローはこれを「魂の体外旅行」の第16章で大集合と記述している。
このレベルに多くの異エネルギー生命体が集まり、これから地球生命系で起こる大きな変化(Earth Change)を目撃しようとしている。

地球生命系が人間を含め次の段階へ進化するらしい。こういった変化は数百万年に一度しか起こらないということで、宇宙中の生命体の興味を集めている。人類が次の進化を遂げた後は地球生命系から卒業する。モンローの著作に若干の記述があるが、詳細は今TMIで探索中。
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by sigma8jp | 2008-12-29 01:04 | 「体外離脱」と「臨死体験」 | Comments(0)

「明晰夢」と「体外離脱」との類似性

  明晰夢とは、「夢を見ているときに自分が夢を見ていることを自覚している」という状態です。体外離脱をする人の多くは、このような夢を以前からよく見ているようです。夢で飛んでいるときにこのような状態になるといいます。

また夢であるにもかかわらず、まぶしい光を見たり、はっきりとしたカラーで夢が見えたりします。霊夢もこの一種で普通の夢と異なり、なにか重要な霊的メッセージを含んでいたりします。

明晰夢はレベルを落とした体外離脱と考えてもよいと思います。体外離脱と質的には同じものですが、体外離脱のようにはっきりとした肉体との分離感や霊的な身体をはっきりと使って活動するわけではありませんので、これで人生観が変わったりするものではないかもしれません。しかし明晰夢をよく見る人は、後に体外離脱を体験する可能性が非常に大きくなります。

また体外離脱するようになると、このような明晰夢をたくさん見るようになります。体外離脱を一旦経験すると、この明晰夢で重要な霊的メッセージも、同時に受け取ることが多くなります。これは予知夢・デジャビュ・サイコメトリー・過去生回帰・死者との交信などとして知られています。
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by sigma8jp | 2008-12-02 04:05 | 「体外離脱」と「臨死体験」 | Comments(0)

モンロー研究所

b0140046_402163.jpgロバート・モンロー 
1915年米国生まれ。1995年死去。

  1950年代より米国にて独自の音響技術を用いた体外離脱に関する先駆的な研究を行う。1974年に米国バージニア州にてモンロー研究所を設立し約四〇年以上に渡り人間の意識とサウンドの関係を研究する。

モンロー研究所では、体外離脱を誘発するヘミシンク(R)音響技術を用いたテープやCDを多数開発・販売している。体外離脱やフォーカスという概念を使った変性意識状態を学習するためにお勧めするのはGatewayExperienceというモンロー研究所の主力教材がよい。

これは同研究所で開催されているGateway Voageという滞在型のワークショップを家庭で学習できるように改良されたものである。全部で18枚のCDからなり、内容はヘミシンク(R)音と呼ばれるBGMに誘導瞑想用の英語ナレーションが付加されたものだ。


ヘミシングにたどり着くまで
モンローは体外離脱ということであまりに有名になったために、モンローというと体外離脱、ヘミシンクはそのための方法だという固定観念が世の中に根強くあります。が、これは真実の半面しかとらえていません。ヘミシンクを聴いて通常の意味での体外離脱が起こることもありますが、それは目的の一部でしかありません。ヘミシンクは誤った信念から我々を自由にする道具なのです。

ヘミシンクを簡単に言うと、ロバート・モンローが音響を用いて実験を始めたころ、人の意識状態と脳波の関係について大まかなところはわかってきていました。脳波とは、大脳新皮質での電気的な信号の変動のことです。変動の速さにはゆっくりしたものから速いものまであり、その振動数によって大きく4つの状態に分かれます。

● 13ヘルツよりも速い振動をベータ(β)波、
● 13から8ヘルツまでをアルファ(α)波、
● 8から4ヘルツをシータ(θ)波、
● 4以下をデルタ(δ)波・・・と呼びます。

大人の覚醒時にはベータが主になります。目を閉じ、リラックスするとアルファが、浅い眠りや瞑想状態でシータ、深い眠りでデルタが主になります。このように人の心身状態と脳波には深い関連が見られます。

モンローは音響を専門としていましたので、音を使って何とか脳波や意識状態に影響を及ぼせないかと考えました。実際、人の気持ちは聴く曲に大きく影響されるものです。曲によっては体がリズムに乗って動き出すこともあります。ですから、音は心身に影響を与えることは事実なのです。

ところが、ここに大きな問題がありました。我々に聞こえる音は60ヘルツよりも速い振動なのです。それよりもゆっくりとした振動の音は聞こえません。ところが脳波は遙かにゆっくりとした振動です。特にリラックスとか瞑想、睡眠といったモンローの興味のあった脳波は10ヘルツよりも遅い振動でした。脳波に相当する音を直接聴かせても、我々には聞こえないため脳波に影響を与えられないのです。


バイノーラル・ビート
  この問題を解決する方法がありました。それはバイノーラル・ビートと呼ばれるもので、20世紀初頭にオスターによって発見されたものです。モンローはそれを改良し、結果的に次の方法に至りました。それは、ステレオヘッドフォンを使って、左右の耳に振動数の若干異なる音を聞かせるという方法です。それぞれの音は可聴域(人の耳に聞こえる振動数の領域)にあります。たとえば、100ヘルツと104ヘルツとします。

ここで重要な点は、脳の中の脳幹と呼ばれる部分で右耳から来た信号と左耳から来た信号が合成され、ちょうどその差に相当する信号が作られるという点です。この例では4ヘルツです。つまり、耳では聞こえない信号が生み出されるのです。その4ヘルツの信号が脳内に変調波として留まり、左右の脳に同時に伝えられ脳波として検出されます。

この結果、右脳と左脳がいっしょになって活動するようになります。モンローはこの方法にヘミシンクという名前を付けました。ヘミスフェリック・シンクロナイゼーション(半脳同期)という言葉の略です。

モンローは4ヘルツ前後の脳波領域で体外離脱だけでなく、種々の興味深い体験が起こることを見出しました。モンローは当初、体外離脱ということを他の人に教えることを目的としてヘミシンクを開発したのですが、その効果はむしろ人間意識という遙かに広く深い領域の探究にドアを開く結果となったのです。

ヘミシンクを聴いた人たちは体外離脱するしないに関わらず、さまざまな驚くべき体験を報告してきました。それらはモンローの体験とかなりの面で類似する体験も多かったのですが、それを超えるような体験も含まれました。

そういう体験の中には、過去世体験、死後世界体験、宇宙内探索、ガイドと呼ばれる生命存在や知的生命体との出会い・交信、ワンネス体験などがあります。こういう直接体験を通して、さまざまな誤った信念の束縛から自由になっていくのです。

この教材で、誰でもすぐ簡単に体外離脱ができるかというと、少し難しいかもしれません。しかし、既に金縛りや体外離脱を一度経験している人の場合や、以前から瞑想・気功・ヨーガ等の訓練を行っている人にとっては、効果をすぐに感じれると思います。また、体脱はしないにしてもヘミシンク音の強力な効果は、多くの人が実感出来ると思います。所謂、変性意識状態を比較的簡単に体験できるものであることには変わりありません。

研究所内では、体外離脱に関するより高度なワークショップも開催されており、世界的に高い評価を得ています。国内でも「究極の旅」(日本教文社)、「魂の体外旅行」(日本教文社)などが発売されており、体外離脱に関する体験を紹介している。立花隆氏の「臨死体験」にも同氏の紹介文が記載さている。

最近では、坂本政道氏の著書「死後体験」や「死後体験II」でモンロー研究所の最新のワークショップの体験談も紹介されている。モンロー研究所の最新のワークショップの情報は他ではほとんど紹介されていませんので、興味のある方は是非、読まれることをお勧めします。内容は地球外の惑星や銀河系、銀河団、ドメインウオールなど宇宙へ行き、そこで様々な体験を経験されてきたことが書かれています。

現在、モンロー研究所は娘さんのローリーモンロ女史が運営されている。初期のゲートウエイ教材はロバートモンロー氏がナレーションを行っていたが、最近になって発売された教材ではローリーモンロ女史がナレーションを行っています。

ヘミシンク音のように音を使った瞑想は、古くからよく使われています。一番古くからあるのは、マントラ・ヨーガであり、複数の人間の発する安定したマントラの音声を聞いて、変性意識状態へ導く技術があります。チベット密教でも僧院で多くの僧侶が声を出して非常に強力な瞑想用BGMをつくりだしているところをTVなどで見たことがあると思います。

現代文明では、このような理想的な環境を利用できませんが、CDやテープの力を借りて擬似マントラ環境を作り出せるようになったのです。音ととしは、リラックスできるバロック音楽などでもよいですし、うなり音やホワイトノイズ、ピンクノイズといわれるノイズ音でもよいです。もっと進んだ形態として、モンロー研究所ではヘミシンク(R)音というものを使っているのです。
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by sigma8jp | 2008-12-02 03:52 | 「体外離脱」と「臨死体験」 | Comments(0)

体外離脱(OBE)とは

  体外離脱とは、一種の変性意識状態で、通常は肉体からの強い分離感を伴い、肉体とは異なる身体を使って物理的な現実とは異なる(霊的な)世界で活動することを言います。ですので普通は肉体を動かそうとしても動かすことは出来ません。

逆に新しい霊的な身体を動かすことは、いとも簡単に出来てしまいます。明晰夢・覚醒夢・透視と同質のものではありますが、体外離脱状態では肉体からの強い分離感を伴ったり、肉体とは異なる身体をはっきりと動かし使っているという感覚があるため、明晰夢・覚醒夢といってもよいでしょう。

この体外離脱状態経験は、金縛り経験から始まりますが、しかし、この金縛りはとてつもない恐怖を伴うことが多いので、この現象が起こると、怖さのあまり目が覚めてしまうことが殆どです。しかし、この金縛り状態を完全に受け入れたとき始めて体外離脱の一歩が始まるといっても過言ではありません。

体外離脱状態になるときは、身体の外に出るための非常に強い振動エネルギーを感じ、身体の内と外とが次第に分離感覚を伴って、身体の外へ出て行く感覚に襲われます。このような体験は、ある人にとってはとても恐ろしいものとなり、又ある人にとっては、この上ない喜びともなるのです。

体外離脱状態になるときは、とても強い振動エネルギーを感じますが、それに慣れていくことで、恐怖心を克服していきます。強い振動エネルギーは、身体から幽体を分離させ、抜け出すための振動エネルギーと捉えた方のがよさそうです。これは、ある意味、エビが脱皮する際に、小刻みに尾びれを振るわせながら脱皮する姿にとても似ている現象です。

最初、外に出たときは、何も見えないことが多いのですが、徐々に体外離脱の経験を積むことによって、色々と面白い経験をするようになっていきます。そのような経験を積むことで遂には、意識で自分の身体をコントロールできるようになっていきます。

例えば、身体を上方に移動させるように意図した瞬間に、身体が等速度で上昇していくのが感じられたり、なかには本当に身体が上昇していく浮遊感覚を感じたりします。更には、高速で飛んでいるときなど、風を切って激しくピュー・ピューと飛ぶときに生じる風切り音まで耳元で聞こえることもあります。また、視野も徐々に開けていき、現実の景色とは若干異なった光景を目にしたりするようになります。
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by sigma8jp | 2008-12-02 03:40 | 「体外離脱」と「臨死体験」 | Comments(0)

臨死体験とは?

 臨死体験は、今日では非常に科学的な研究の対象になりました。多くの医師がこの研究に取り組んでおり、多くの書物が著されています。

臨死体験研究の先駆的なものとしては、レイモンド・A・ムーディ・Jr博士の著『かいまみた死後の世界』(評論社刊)があります。ムーディ博士は、バージニア大学病院の精神科医で、医学博士、また哲学博士という経歴を持っている人物です。

博士は臨死体験をした人々の例を一五〇ほど集め、統計的に処理しました。するとそこには、体験の内容に驚くほどの共通性があったのです。

そのほか、米国心臓学の専門家マイクル・B・セイボム著『「あの世」からの帰還』(日本教文社刊)、コネチカット大学教授ケネス・リング著『霊界探訪』(三笠書房)、ワシントン大学小児科学助教授メルヴィン・モースおよびアメリカン・ヘルス誌の元編集長ポール・ペリー博士の共著『臨死からの帰還』(徳間書店)、その他多くの研究が発表されていますが、いずれも臨死体験に共通するパターンについてすぐれた解説をしています。

彼らの研究結果や、そのほか日本人の研究者らの結果を総合してみると、臨死体験には、おもに次の要素が見られることがわかります。

  (1) 死の宣告が自分に聞こえる
  (2) 安らぎと満ち足りた感覚を味わう
  (3) 肉体から離脱する(体外離脱)
  (4) 暗いトンネルに入る
  (5) 新しい世界が開ける
  (6) 死者と出会う
  (7) 光の生命体(光の天使)に会う
  (8) 生涯を回顧させられる
  (9) 生と死の境に立って、どちらに行くかの決定をする

ただし、臨死体験者の全員がこれらの要素を全部体験している、というわけではありません。全部体験した人もいますが、幾つかだけだった人もいます。それは臨死体験の深さによるのです。臨死体験者の証言を幾つも集めて総合してみると、これらの要素が、死亡から蘇生の間に見られるのです。これらの要素について、一つ一つ詳しく見てみましょう。

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■1:死の宣告が自分に聞こえる
  臨死体験者の多くは、自分が"死んだ"とき、周囲の人が死について語っていることを聞いた、と言っています。
「事故現場に居合わせたある女性が、『この人、死んじゃったの?』と尋ね、誰かが『うん、死んでるよ』と言っているのが聞こえました」(『かいまみた死後の世界』)。

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■2:安らぎと満ち足りた感覚を味わう
 臨死体験者の多くは、自分が"死んだ"直後に、肉体の苦痛が去り、安らぎと満ち足りた感覚を味わった、と証言しています。
「まるで、この世に私をつなぎ止めていた帯が切れたようでした。もう怖いとは思わなくなっていましたし、だいいち肉体の感覚もなくなっていました。

「非常にほっとしました。痛みは全くありませんでしたし、あんなにゆったりした気分になったのは初めてでした。すっかりくつろいで、いい気分でした」(『かいまみた死後の世界』)。

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■3:肉体から離脱する
 こうした感覚に加え、臨死体験者の証言の中で注目すべきことは、彼らが死と共に肉体から離脱したと証言していることです。フィンランド政府の地域医療部長を務めるルーカネン・ギルデさんは、自分が手術を受けている時に、執刀医の医療ミスで臨死状態になり、体外離脱を経験しました。彼女自身、フィンランドでは高名な医者ですが、その時のことをこう証言しています。

「手術中のことでした。突然わたしは肉体を抜け出し、天井のあたりから手術の様子を見ていました。すると担当の医者が、メスを持ち上げ、静脈のかわりに、間違って動脈を切ろうとしていたのです。私はあわてて、『そこは切っちゃダメ!』 と叫んだのですが、その医者には聞こえませんでした。彼はそのまま動脈を切ってしまい、血が天井まで吹きだしたんです。その後、私は『トンネル』を通り、光の世界に入りました。

手術後、目が覚めた私は、自分の見たことを担当医に話しました。でも彼は、『動脈を切った』とは言わず、「出血が多かったから幻覚を見たんだろう』と言いました。そこで私は、医師の特権を利用して自分のカルテを見てみたんです。そこには、誤って動脈を切ったことが記されていました」(NHK『臨死体験』)。

ギルデ医師が、死んでいる間に自分の遺体から離脱して見ていたことは、このように事実だったのです。以来ギルデ医師は、魂の存在や死後の世界を信じるようになり、死への恐怖感がなくなったと言っています。そして臨死体験の研究者の一人になりました。

体外離脱に関するこうした証言の多くは、みなこのように具体的であり、それが事実と一致していることもあとで確認されています。これは体外離脱がなにかの"幻覚"ではなく、現実のものであることを示しています。

とくに体外離脱者が、耳から得ることのできる情報以外のことも、多く語っていることは注目すべきことです。彼らは、実際に体外離脱して、遺体とは別の位置から見なければ知り得ないような事柄も、多く語っているのです。

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■4:暗いトンネルに入る
 体外離脱のあと、臨死体験者の多くは、「暗いトンネル」を体験しています。落雷を受けて死んだ米国南部の自動車商は、こう語っています。
「嵐が来そうだというのに、ゴルフをしていたんです。そのとき、ものすごい衝撃を受けて、雷に打たれたんです。しばらく体の上に浮かんでいたのですが、やがてトンネルに吸い込まれてゆくのを感じました。

まわりの様子は何も見えなかったけれど、すごい速さで進んで行くのがわかりました。私は間違いなく、トンネルの中にいたんです。出口の光がどんどん大きくなってくるのが見えたので、わかったんですが」(『臨死からの帰還』)。
 
また、交通事故にあって臨死状態になった女性は、こう言っています。
「自分がトンネルの中にいるのに気がつきました・・同心円のトンネルです。あの体験をしてからまもなく、『タイムトンネル』というテレビ番組を見ました。らせん状のトンネルを通って、人間が過去の時代へさかのぼっていくのです。そうですね、思いつく限りでは『タイムトンネル』が一番似ています」(『かいまみた死後の世界』)。

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■5:新しい世界が開ける
光に満ちた澄みきった世界
 トンネルを出ると、新しい世界が開けた、と多くの臨死体験者が語っています。心筋梗塞で"死んだ"ある男性は、こう語りました。「私はそのトンネルを通り抜けたようでした。突然私は別の場所にいたのです。一面金色に輝いて、とてもきれいでした。どこから光がくるのかわかりませんでしたが、光はあらゆるところにありました。音楽も聞こえました。小川がせせらぎ、草や木や丘もある田園の中にいるようでした」(『続 かいまみた死後の世界』)。
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これは、トンネル以前はまだ"こちらの世界"であり、トンネルを抜け出ると"あちらの世界"に入る、ということなのでしょう。心臓疾患のために臨死体験をし、トンネルを抜け出た日本人女性も、全く同じ様な光景を見ています。

「果てしなく真っ暗なところを、上へ上へと昇っていくと、ぱっとまぶしいほど明るい世界へ飛び込んだのです。私は小高い丘に立っていました。じつに青々とした草原が広がっていました。
羊や馬がたくさんいます。背の低い潅木がところどころに立って、きれいな風景です。空もまぶしいほど明るく、気持ちのいい天気です」(新倉イワオ著『臨死体験』勁文社)。

ある人は「臨死体験には悪霊が関与している」と言いますが、もし悪霊が関与しているなら、このようなことは決して起きないでしょう。

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■6:死者と出会う
  臨死体験者の中には、目の前に開けた新しい世界において他者の霊に出会った、と証言している人々もいます。心筋梗塞で死んだ中年の男性は、こう述懐しています。
「突然私は、別の場所にいたのです。一面金色に輝いて、とてもきれいでした。・・・・人もいました。もちろん、人も私たちが思っている形をしているわけではありません」(『続 かいまみた死後の世界』)。

また心停止を経験した十歳の少年はこう言っています。
「トンネルを出ると、たくさんの人が待っていた。みんな、ランプみたいに内側から光っていた。あの場所は、全体がそんなふうに光っているんだ。あそこにあるものは全部、光がいっぱいに詰まっているみたいだった。知らない人ばかりだったけれど、みんなぼくのことが大好きだったみたい」(『臨死からの帰還』)。

一方、知らない人ばかりでなく、知人や近親者を見たという人もいます。ある女性はこう言っています。

「真っ暗なトンネルに入って、そして明るい光の中に出ました。私のそばに死んだ祖父母と父と兄がいて、美しく輝く光が私たちをとり囲んでいました。説明できないような色、この世にはないような色の光でした。人もいました。幸せそうで、三々五々集まっている人もいましたし、学んでいる人もいました。・・・・」(『続 かいまみた死後の世界』)。

臨死体験者は、天国あるいは「よみ」の入り口までは行くので、そこで死者の霊に会うこともあるようです。

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■7:光の生命体に会う
慈愛に満ちた光の生命体
 さらに重要なことに、臨死体験者の多くは目の前に開けた新しい世界において、慈愛に満ちた"光の生命体"に会った、と証言しています。子どものころに臨死体験をした中年の女性は、こう語りました。

「庭を見渡しているとき、その人に気づいたんです。その庭はびっくりするほどきれいでしたけど、その人の前では色あせて見えました。私はその人に完全に愛されており、完全に守られていると感じました。あれほど深い喜びを感じたことはありません。何年も前のことですが、今でもあのときの感情を思い出すことができます」(『臨死からの帰還』)。

また、こう語っている人もいます。
  「(光の生命体から)『おまえはわたしを愛しているか?』という考えがわたしの心に伝わってきました。はっきりと質問の形をとっていたわけではありませんが、わたしは光が、『もしわたしを愛しているのなら、戻って自分の生涯で手がけたことを完成させなさい』という意味で言ったのだと推測しました。この間ずっとわたしは、深く強い慈愛に包まれているような気持ちがしたものです」(『かいまみた死後の世界』)。
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この"光の生命体"とは何でしょうか。光の生命体が、「おまえはわたしを愛しているか」という質問をしてきたのであれば、この生命体は神ご自身、またはキリストであると考える人もいるでしょう。実際、そう解釈している臨死体験者も少なくありません。ある臨死体験者はこう語りました。

「私は、その光に到達しようと懸命でした。全然恐ろしくありませんでした。どちらかといえば快適な経験でした。私はクリスチャンなので、あの光とキリストとを即座に結びつけました」(『かいまみた死後の世界』)。

しかし一方で、日本の臨死体験者の中には、この光の生命体を「菩薩」とか「仏」だとか解釈している人もいます。またインドであれば、ヒンズー教の神と解釈している人もいます。これについて、レイモンド・ムーディ博士は言っています。

「死後の世界の体験者たちは・・・・この光の生命が何者なのかという点になると様々な解釈があり、体験者個人の信仰、教育、あるいは信念によって大きく左右されるようである」。
つまり、「光の生命体に会った」という原体験は同じなのですが、それが何者かということになると、体験者の"解釈"が入り込みます。その解釈は、その人の持つ宗教や、バックとなる文化によって左右されているのです。

これは、ある意味では無理のないことでしょう。というのは臨死体験で見る世界は、全く初めて見る世界であり、物質界の様子とは大きく異なっているので、体験者は自分の持つ知識でそれを解釈しようとするからです。
では、これを『聖書』から解釈するとどうなるでしょうか。


光の生命体は天使
 聖書から見た限りでは、この光の生命体は、天使(御使い)であるように思えます。というのは聖書は、主イエスの語られた「ラザロと金持ち」の話において、
「ラザロは・・・・死んで、御使いたちによってアブラハムのふところ(よみの慰めの場所)に連れて行かれた」(ルカ一六・二二)と記しています。

死者を迎えるのは、「御使い」つまり天使なのです。とくに「光の天使」(二コリ一一・一四)と呼ばれる者が、死後の世界の入り口において、死者を迎える役を担っているのではないでしょうか。
新約聖書の「使徒の働き」には、使徒ペテロが牢に捕らえられているとき、そこに天使が現われて彼を助けたという記事が載っています。

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■8:生涯を回顧させられる
  臨死体験者の中には、光の生命体の前で自分の生涯を回顧させられた、と述懐している人々が多くいます。二三歳のときに臨死を経験した女性は、こう語っています。
「その光の存在は私を包み込み、私の人生を見せてくれました。これまでしてきたことをすべて見て、反省するわけです。中には見たくないこともありますけど、みんな終わったことだと思えば、かえってほっとします。

この体験をしている間ずっと、力強く愛に満ちた生命が、私のすぐそばにいることがはっきり感じられました」(『かいまみた死後の世界』)。

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■9:生と死の境に立って、どちらに行くかの決定をする
  その後、臨死体験者の多くが、生と死の境に立って、この世に戻るように言い渡されています。臨死状態から帰還した心臓病専門医はこう語っています。

「その人(光の生命体)は私に、あなたは帰らなければならない、あなたにはまだやらなければならないことがあるから、と言うんです。やがて、私は吸い込まれるように肉体に戻ってゆきました。・・・・気がつくと、私は横たわって、手に(蘇生のための電気ショック用の)電極を持った医師を見上げていました」(『臨死からの帰還』)。

また、ベトナムでの戦闘中に"死んだ"ある軍曹は、こう語っています。
「『神様、私は死にたくありません』と頭の中で叫んでいました。すると私の頭の中に『大丈夫だ』という声が聞こえてきたのです。『お前はまだ死なない。ここにはまだ来なくてよい』と私に話し聞かせていました。

次の瞬間、意識を回復すると、私のまわりを囲んで泣いている仲間たちが見えました。その一人が驚いて、『君は死んでいたはずなのに!』と言ったのです」(NHK『臨死体験』)。
子どものころに臨死体験をした女性は、こう語っています。

「八つのとき、プールで溺れかけたことがあるんです。底なしの真っ暗な穴に落ち込んだようでした。すると突然、明るい光が現われて、とても安らかな気持ちになったんです。その光と話をして、このまま光の中にとどまりたいと言い張りました。でも、あなたにはやらなければならないことがある、と言われました。そして、私はこの世に戻ってきたんです」(『臨死からの帰還』)。

また、帰るように光の生命体から言われるのではなく、死んだ近親者を通して言われたと証言する人もいます。臨死状態におちいったある母親はこう語っています。
「霧の向こうから叔父のカールが現われました。叔父は何年も前に死んでいました。叔父は私の行く手をさえぎり、『戻るんだ。現世でのおまえの仕事はまだ完成していない。戻りなさい。すぐに』と言いました。

私は戻りたくなかったけれど、どうしようもありませんでした。あっという間に、私は自分の物理的肉体の中に戻っていました。・・・・そして私の小さな息子が『神様、お母さんを返してください」と泣き叫んでいる声が聞こえたのです」(『かいまみた死後の世界』)。

この人の場合、帰るように言ったのは近親者でした。しかしその直後に実際に肉体に戻っているのを見ると、神が何らかの配慮から、死んだ近親者を用いて彼女に帰るように告げさせたのだ、とも理解されます。

いずれにしても、臨死体験者は生還する前に、この世に帰るように言い渡されていることが多い、という事実は興味深いことです。彼らは、そう言い渡された直後に実際に生き返っているのです。これは、彼らの体験が幻覚ではなく、事実であったことを示すもう一つの証拠ではないでしょうか。


臨死体験者は死後の世界の一部を見たが、全貌を見たのではない
 臨死体験者は一般に、死の体験を通して神からの取り扱いを受け、新しい使命と機会を与えられ、期待を込められて世に戻ってきた人々である、と言えるでしょう。

人は死ぬと、天国あるいは「よみ」の各所に行きます(二コリ五・八、黙示二〇・一三)。しかし臨死体験者は、神からの特別な恵みを受けて、天国の周辺部、あるいは辺境部、また「よみ」の慰めの場所の入り口付近の光景を見る機会を得、そののちに生還しています。

臨死体験者となった人々は、死後も魂は肉体を離れて存続すること、死後の世界は存在すること、神と人を愛する者たちのために素晴らしい場所があること、神は天使を通じて私たちに深い愛情を示されること、さらに、地上の人生にはそれぞれ重要な使命があること、などをあかししています。彼らの証言は、死後の世界の研究のために重要な資料と言えるでしょう。

聖書の正しい理解と、臨死体験の間に、根本的な矛盾はありません。臨死体験の適切な研究は、聖書のいう死後の世界をより明確にする一助となるでしょう。
とはいえ、臨死体験者の見てきた世界は、死後の世界の一部であって、その全貌ではありません。死後の世界は、臨死体験者の見た世界よりも、実際にはもっと大きな広がりを持っています。

臨死体験者の証言だけから死後の世界の全貌を明らかにすることはできません。死後の世界に関してバランスある理解を私たちが持つためには、聖書の記述を中心に研究していくことが不可欠なのです。

久保有政 著
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by sigma8jp | 2008-11-18 20:28 | 「体外離脱」と「臨死体験」 | Comments(0)