カテゴリ:「夢見」の心理学・象徴解読( 11 )

『シャーマンズボディ』 アーノルド・ミンデル

 プロセス指向心理学を打ち立てたミンデルの本はどれも素晴らしい。『うしろ向 きに馬に乗る』は、分かりやすい実践的な視点からの論述で、『24時間の明晰夢』 は、その理論展開の包括性で、『昏睡状態の人と対話する』は、コーマワークを中 心とした探求の深さで、それぞれが魅力を放っている。

そして、『シャーマンズボデ ィ』 もまた、他にない独自な魅力を発散する濃密な本だ。訳者あとがきに 「プロセ ス指向心理学の基本的な考え方をカルロス・カスタネダの著作やミンデル自身のシャ ーマニズム体験から語り直すスタイルをとっている」とあるが、むしろシャーマニ ズムに引っ張られるような形で、「心理学」という枠をはるかに超え出るような深さ の次元を、他にない大胆さで率直に語っている。

ミンデルを読んでいつも思うのは、タオ、ブラブマン、「大きな自己」、つまり ドリーミングが、私たちの夢や身体や病気や日常生活に働きかけてくる、その接点 がつねに語られているということだ。日常のあらゆるところにドリーミングからの 働きかけが潜在している。

いかにしてその働きかけを感じ取り、いかにしてその大 いなる流れに従っていくかがつねにテーマとされる。ミンデルを読むたびに魅了さ れるのは、まさにこの点だ。『シャーマンズボディ』は、その魅力がシャーマニズ ムを触媒に、さらに際立つ。

シャーマンは、自分自身や周囲の世界に起こる思いがけない出来事やプロセスに 注意を払う。それは「第二の注意力」と呼ばれる。それに対し「第一の注意力」は、 日常的な現実にたいする注意力である。日々の仕事をこなし、定めた目標を達成し、 自分のアイデンティティを保つのに必要な自覚である。第二の注意力は、無意識的 (で夢のような)動作、偶然の出来事、うっかりした言い間違いといった、自発的 なプロセスへ向けられる。

「第一の注意力」「第二の注意力」という区別はドン・ファンによるものだが、こ れはミンデルのいう「一次プロセス」と「二次プロセス」の区別に対応する。つま り、第一の注意力ばかりを使い、一次プロセスである通常のアイデンティティやそ れに対応する日常的現実ばかりに焦点を当てていると、二次プロセス、すなわち偶 然の出来事やうっかりした言い間違いといった夢のような出来事への焦点付けは衰 える。第二の注意力が弱まるのだ。

戦士としてのシャーマンは、第二の注意力によって思いがけないプロセスへの自 覚を育み、それに従う。ドリーミングボディをより深く生きることによって、全体 性や創造性を取り戻す。その自然な展開に従い、根源的な何かものかとの結びつき を感じ取る。そうした経験に開かれていき、時空間や世界から独立した自己の全体 性を体験する。

シャーマニズムもプロセスワークも、自我を強化することに重点を置くのではな く、身体や身体を含むプロセス、その変化に対する自覚を育むことを重視する。た とえば、「あなたが自分のエネルギーを支配しようとしたり、操作しようとすると、 結局のところ、病いや死に直面することになる。

一方、あなたが自分の身体感覚に 従うならば、今ここにいることを十分に感じ、真に人生を生きて創造している感覚 が得られる。たとえば、痛みやめまいといった感覚を大切にするということが、ド リーミングボディを生きるということなのである。」 ドリームボディ・ワークをシャ ーマニズムの観点から見れば、身体に従うことは失われた魂のかけらを探すことに 相当するという。

ほとんど全ページに散りばめられた、印象的な言葉、胸を打つ言葉、心に留めた い言葉の数々、その一頁一頁の密度の濃さ。そして、シャーマニズムに導かれつつ 信じられないような精神世界の不思議を語る大胆さも、ミンデルの他の本にはない 魅力だ。

「運命によって急性あるいは慢性の疾患、学問あるいはビジネスの失敗、性的な悩 み、狂気、自殺願望、あるいは不倫などの問題を抱えたとしても、そうした苦悩を 反転させる『ドリーミングボディを生きる』という新しいパターンが背景に潜んで いる。

私たちは直面する難問によって日常生活を中断せざるを得ないが、そのとき こそ、潜在的な可能性、戦士の精神、そして死に目覚めることができる。それまで 身につけていたパーソナリティに別れを告げ、心のある道を見いだすことができる のである。」
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by sigma8jp | 2008-12-27 01:58 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

ドリーム・ボディの活用 (プロセス指向心理学)

  プロセス指向心理学(POP)への、平易ですぐれた入門書である。私はプロセス指向心理学の創始者であるミンデルの着眼と、心理療法として方法、そしてその世界観に強く引かれ、共感する。この本でもその魅力が十二分に伝わる。

しかもこの本は、痛みや症状から始まり、人間関係、死のプロセスを生きるコーマ・ワーク、 社会的・政治的問題を扱うワールド・ワークまで、プロセス指向心理学の幅広い領域を偏らずに紹介し、ミンデルの方法と世界観が、ミンデルや著者が扱った事例を織り交ぜながら、たいへん分かりやすく語られている。

プロセス指向心理学の基本的な考え方を確認しよう。ミンデルは、身体と夢とを同 じ本流から流れ出た支流と考えて、その「つながり」、「関係性」を注意深く見て いく。体の症状も夢と同じように無意識の創造的な発現である。夢に意味があるように身体に起こっていることにも恐らく意味がある。それは単に悪いものではない。

夢=身体(ドリームボディ)における夢と身体との関係には、原因も結果も ない。夢と身体には鏡を介在したような相互に反映しあう関係があるだけだという。 夢と身体症状は、お互いに分身であり、夢のイメージも、身体の症状も根元は同じと考 え、その共通の根元を夢と身体の一体になった「ドリームボディ」と名づけた。

そしてドリームボディは、心と身体の中間にある「第三の存在」といえる。これを サトル・ボディ(霊妙体、微細身)と呼んでもよい。つまり、物、肉としての身体 とは異なる「もう一つの身体」ともいえる。そしてこの高次の実在の次元において、 心身は究極的に一如である。それは心と身体の中間に位置すると同時に高次元(あ るいは深い次元)において両者を超えて、統合する存在である。この「第三の存在」 をユング派では「魂」と呼ぶ。

このように、心と身体、夢や身体症状が、心身やドリームボディさらには魂のファ クターであるなら、症状や夢は単に否定的なもの、病理的なもの、わけのわからないものではなく、そういった「高次元の存在」に至る、糸口あるいはチャンネル (通路)と捉えなおすことができるとPOPは考える。

本書には、かんたんに取り組むことのできるセルフ・ワークが、1から13まで挿入されている。これを試みるだけでも、POPの考え方がかなり実感できるかもしれない。ひとつ例を挙げよう。 たとえばこんなワークがある。現在患っている身体症状などに気持ちを向ける。現在とくになければ過去に患い治ったものでもよい。その部位をていねいにじっくり と感じる。

身体の感覚を保持したまま何かのイメージが浮かんでくるまで待つ。意識状態がふんだんより深まると、イメージが現れやすくなる。身体症状から浮上したイメージ、思い出された夢が、ドリームボディあるいは、その現れであるという。現れてきたドリームボディを、自分とは異なる命、意志、自律性をもった他者存在 と仮定して、それが身体症状や病、身体感覚、夢、イメージという形を通して表現 している意味や目的を、想像してみるのだ。

症状は夢と同様、私たちの生き方に訴えかけるメッセージとして出現するのだ。病 気や身体症状などのマイナスと把握されやすいものに隠されたメッセージ・知恵を 見て、それを自覚的に生きることによって全体性が回復されるというというのが、 POPの捉え方である。

ワークの実際においては、見落とされがちな「起こりつつ あること」がそのプロセスを全うできるようサポートする。そのプロセスに十分に自覚して関われば、症状や対人関係、身体感覚や動作などとの関係が深まり、統合され、症状が役割を終えて消失することも起こるという。

夢、すなわちドリームボディは、夜眠っているときだけではなく、病や身体症状、 さらに他者(との関係)のなかにも何らかの形で、常に介在している。現実の中に はいつも夢が流れていて、それは自らの表現する媒体を探しているのかもしれない。 私たちは、現実に生きながら、同時に夢の世界に足を踏み入れているのだという。

これはまるで文学的な表現のようでありながら、POPの背景となる真実を語ろう としている。こうした考え方にミンデルの奥深さとなんともいえない魅力がある。 「深さの次元」が、たえず私たちの周囲の現実にその表現を求めて立ち現れている、 という捉え方は、私たちの心を揺さぶる不思議な魅力をもっている。そして、気づこうとする意志と注意力さえ持っていれば、それは確かな真実として実感されるのだ。
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by sigma8jp | 2008-12-27 01:54 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

見たい夢を見る方法

〔 見たい夢に近付ける方法 〕

 夢を見ている時の脳の活動状態を、脳波計とMRIを用いて調べたところ、夢を見ている時は、脳の中央部の「記憶中枢」と後頭部の「第一視覚野」が活発に活動していることが明らかになった。この事から、夢とは、睡眠中に脳に貯えられた記憶を呼び出し、その記憶を元に様々な映像を作り出して視覚化し、実際に映像として見ているものだと考えられる。

では、睡眠中、どのような記憶を呼び出すのかを自分で決めて、見たい夢を見る事が出来るのだろうか?国立精神神経センター・大熊輝雄博士によれば、夢を自分の見たい夢に近付けることは不可能ではないという。

方法その1;『外的刺激を与える』
  睡眠中は、小さな刺激でも敏感に感じ取り、夢にその影響が出やすいという。睡眠中に外的刺激を与えると、夢にどのような影響が現われるか実験を行なったところ、外的刺激は何らかの形で夢に取り込まれる事が多い。そのため、睡眠中に見たい夢の内容を連想させる様な外的刺激を与えると、それが夢に取り込まれる可能性が高いという。

方法その2:『入眠前の感情を操作する』
 脳に入ってきた情報は前頭葉に短期記憶として貯えられる。そして睡眠中、前頭葉はその情報を、海馬に蓄えられた過去の記憶と照らし合わせて呼び出し、ある程度、筋の通ったストーリーを持った夢に仕上げる。

大熊博士によれば、この時、楽しい感情を抱いたまま入眠すれば海馬からは、過去の楽しい記憶が呼び出されやすくなり、夢も楽しい夢になる可能性が高くなるという。そのため、眠る前に楽しい感情を抱く事で楽しい夢を見やすくする事が出来ると考えられる。さらに、大熊博士によれば、見たい夢を見るためには、普段からある程度の準備が必要という。

準備その1:『夢をカラーにする』
  色彩豊かな夢は、記憶に強く残り起きた後も思い出しやすいという。そうした夢を見るため、一日2回、2分間、広い景色を風景の色を意識してじっくり眺め、記憶に留める練習をすると良いという。

準備その2:『見たい夢を見やすいコンディションを作る』
 精神的なプレッシャーやストレス、体調は、夢に大きく作用してしまうため、見たい夢を見ようと思っている当日には、

1、 酒を控える、
2、満腹にしない、
3、病気やケガは直しておく、
4、トイレに行っておく・・・

などに注意すると良いという。さらに具体的な方法を探るため江戸川大学人間社会学部・松田英子講師に話を聞き、女性が『大好きな彼と海辺でデートをする夢』を見る方法を調査した。

Ⅰ:『感情を沸き上がらせ、見たい夢のイメージをつける』
  アメリカ・ニューヨーク州立大学のフレデリック・ベアケランド博士の研究では入眠前に見たい夢のイメージを連想した場合、その内容の50%以上が夢に出現したという。この事から『好きな男性とデートをする夢』を見たい場合には、眠る前の30分間程度、その男性の写真を見て「楽しい」「幸せ」などの感情を伴いながら、デートをしているシーンを連想すると、高い確率で夢に出現させる事が出来ると考えられるという。

Ⅱ:『外部からの刺激を与える』
 松田講師によれば、睡眠中に受ける外的刺激の中でも、特に夢の中に反映されやすいのが『音』による刺激だという。そこで例えば『海辺でデートする夢』を見たい場合、枕元で波の音を流したり、海をイメージさせる音楽を聞く事が効果的であるという。次に効果的な外的刺激は『匂い』であるため、夏や海をイメージするようなココナッツの香りやマリン系の香水などを使うのも良いという。

Ⅲ:『姿勢』
 胸に手を当てるような格好や、膝を立てる格好で寝ているとその刺激が脳に伝わり悪い夢を見る場合があるため、このような姿勢は避けた方が良いという。

Ⅳ:『目覚め』
  見た夢を忘れないように、90分に1度訪れる、脳の一部が働いている「レム睡眠」の直後に目覚める様にする。このとき、大きな音や振動など強い刺激が加わると、夢の記憶を消し去ってしまう事があるため、静かな心地よい音楽などで起きる様にすると良い。

これらの方法によって、どのくらい見たい夢に近付ける事ができるのか、「彼と海でデートをする夢」を見る実験を試みた。その結果、場所や登場人物は、ある程度、希望通りに夢に現われたのだが、完全に見ることが出来た人は1人もいなかったのだ。

この方法は見たい夢に近い情況を作ることは可能なのだが夢のストーリーまでも完全にコントロールする事は難しいという。だが我々はなんと、夢のストーリーを自由にコントロールし、見たい夢を見ることができる人々が存在するという。果たして、彼らはどのような方法で夢のストーリーをコントロールしているのだろうか?

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〔 見たい夢を確実に見る方法 〕

「見たい夢を見る方法」の報告では、上記のように見たい夢に近付けることは出来たが、完全にコントロールする事は出来なかった。だが夢の内容を自由にコントロールできる人々が存在するという。

1935年、文化人類学者のキルトン・スチュアート博士は、マレー半島に住む先住民族『セマイ族』の調査を行なったところ、彼らは独自の方法を使って、夢をコントロールしている事が明らかになった。そして、アメリカのサンタバーバラ睡眠障害センター元所長、チャールズ・マックフィー氏によると、彼らが見ているのは『めいせきむ明晰夢』と呼ばれる夢であるという。

『明晰夢』とは、夢の中で「自分は今、夢をみているのだ」と自覚しながら見る夢のことである。マックフィー氏によると、明晰夢を見ている人は、夢の中でそれが夢である事を自覚しており、その夢の続きをどんな風にするかを自分の意志で決めることが出来るという。

つまり、明晰夢を見る事が出来れば、夢を自由にコントロール出来るというのだ。日本で明晰夢の研究を行なっている東邦大学理学部・渡辺恒夫教授が明晰夢の存在を確かめる実験を行なった結果、確かに明晰夢が実際に存在する事が確認された。

そして、明晰夢によって、よりリアルで現実感のある体験をすることが出来、さらには、明晰夢を見る事が出来れば、夢をコントロールする事も出来るというのだ。アメリカの明晰夢研究センター、ステファン・ラバージュ博士は、明晰夢を見ている間、脳がどのように活動しているのかを調査した。

その結果、明晰夢を見ている間は、睡眠中にもかかわらず、大脳の一部が起きている時と同じように活動しており、そのために睡眠中に「これは夢である」と認識することができると考えられるという。そして、ラバージュ教授によれば、訓練すれば誰でも明晰夢を見ることが出来るようになり、夢を自由にコントロール出来るようになるというのだ。


その訓練方法とは…
1:『夢を思い出す訓練をする』
  明晰夢を見る事が出来る人の多くは、夢をよく思い出せる人であるという。そこで、夢をよく思い出せる様になるため、寝る前に、夢を思い出すという強い意識を持つとともに、思い出した夢はすぐにノートに書き留めておく様にする。そして、そのノートをあとから読み返してみて、自分の夢の特徴をつかみ、夢だと気付くきっかけを探す様にする。

2:『空を飛ぶ夢を見る訓練をする』
 空を飛ぶ夢は、他の夢に比べて夢だと気付く確率が高いという。そのため、寝る前に「空を飛ぶぞ」という言葉を繰り返し、自分が飛んでいるシーンを想像するとよいという。

3:『夢をコントロールする訓練をする』
  空を飛ぶ夢を見ることが出来、夢だと気付くようになったら、まずは飛ぶ方向を、上下や左右に方向を変える練習をする。それが出来るようになったら、海でデートする夢や試合に勝利する夢など、自分の見たいように夢をコントロールしてみる。

4:『夢の中で回転する訓練をする』
 明晰夢を見ている途中で目覚めるのを防ぐには、夢の中で身体が前後や左右にコマのように回転させるとよいという。こうすることで、夢を見る「レム睡眠」を引き起こす前庭系が刺激されるので、再び「レム睡眠」に戻る事が出来ると考えられる。


これらの方法で明晰夢を見る事ができ、見たい夢を見る事が出来るようになるのか実験を試みた。その結果、訓練すれば明晰夢を見る事ができ、夢をコントロールする事が出来る事が証明されたのだ。

明晰夢に関しては現在、研究が進められており、様々な精神疾患の治療にも使用できると考えられている。そして今後さらに研究が進めば、誰でも見たい夢を見られるようになる日が来るかもしれない。
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by sigma8jp | 2008-12-02 02:34 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

明晰夢 (Lucid Dreaming)とは

 この記事はLucid Dreaming(明晰夢)とよばれる見ていることを自覚できる夢に関して、書いたものです。Stephen LaBerge, Ph.D.というアメリカの精神生理学者がこの明晰夢に関する第一人者的存在です。博士はこの明晰夢を研究するために自ら研究所まで設立しました。

以下の内容は博士の著書『Exploring The World Of Lucid Dreaming』(未邦訳)からほとんど引用しています。


■明晰夢
  明晰夢というのは、夢の中で自分がいま夢を見ていると自覚できる夢のことです。普通、夢というのはREM(Rapid Eye Movement)睡眠中に見ることが多く、このとき脳は覚醒状態になっています。ところが大抵の人は自我意識は芽生えておらず、従って、夢の中ではまさに夢を見ているだけということになります。

ここでもし自我意識が覚醒して、自分が夢の中にいるのだと気付くことができると、これは明晰夢と呼ばれるものになります。この明晰夢の素晴らしいことは、単に夢であると気付くだけではなく、夢の中で主体的に自分を操ることが出来るということです。つまり夢の中で目覚めることが出来るということになります。

当然夢の中ですから、現実ではありえないことをすることが出来ます。例えば空を飛んだり、壁を抜けたり、およそあなたが想像し得ること全てが実現されるものと思われます。実際のところ明晰夢を体験しているほとんどの人が、空を飛んだり、壁を抜けたりといった経験をしているようです。

明晰夢は特に子どもの頃に見ることの方が多いとされ、歳を取るにつれて見る機会が少なくなるようですが、訓練次第では誰にでも見ることが出来るものだということです。LaBerge博士は明晰夢を見ることは、眠りを豊かな物にし、現実の世界での生活を精力的なものにする効果もあると述べています。現実世界ではなかなか実践できないようなことも明晰夢の中でなら困難なく達成することができます。これは例えば自己催眠などと同様な効果があると思われます。


■夢を記憶するための方法
  明晰夢を見るためにもっとも大事なことは、夢を記憶しておくことです。ほとんどの人は夜寝ているときにみた夢を記憶していないので、自分は寝ているときに夢を見ていないと思ってしまうこともあります。

従ってたとえ明晰夢を見ていたとしても、それを忘れてしまうことによって明晰夢の体験を逸してしまうことになります。ですから明晰夢を見るためにはまず夢を覚えていられるようにすることが必要になります。

夢を記憶するのにいちばんよい方法は夢日記をつけることです。夜寝る前にベッドの横にノートとペンを用意しておきましょう。もし可能ならライト付きのペンだとなおよいと思います。そして目覚めたら夢の内容を思い出すようにします。決して他のことをしてはいけません。自分は何をしていたのか、どこにいたのか、誰といたのかと何度も自問してみましょう。

メモは初めは詳細に書かない方がよいと思います。思い浮かんだキーワードを書き連ねましょう。それをもとに徐々に詳細について思い出すようにしてみるといいと思います。博士は記憶された夢が12回ぐらいになるまでが、明晰夢を見るために必要な準備だと述べています。

もうひとつ大事なのは、夢を見ることです。夢を見ない限りは記憶しようもありません。上述しましたが、夢はREM睡眠中に見ることがほとんどです。したがってREM睡眠の時間を増やすことが大事です。詳しくは睡眠についての本やWebページを参照していただきたいのですが、REM睡眠の大半は睡眠の後半に起こります。

従って、てっとり早い方法は十分な睡眠を取ることです。具体的には7~8時間の睡眠を取るとよいと思います。そしてこれはひとつのテクニックですが、うまく夢が見られない場合、何時間か寝た後しばらく起きていて、再び2時間ほど寝るとよいようです。

この場合、再び眠ったときからすぐにREM睡眠になることが多く、かなり長い夢を見ることができる可能性があります。また1時間半から2時間程度後にアラームをセットしておけば、ちょうどREM睡眠が終わる頃に目覚めるということも期待できます。

少しだけ別の話題になりますが、こういう状態で寝たりすると、身体だけ眠って脳はまだ覚醒した状態である『入眠時REM睡眠』と呼ばれる状態になることがあります。いわゆる金縛り状態です。これも明晰夢と大きい関連があります。


■夢で目覚める方法
 博士が薦める方法は夢日記を活用する方法です。夢日記で自分はどのような場所にいることがもっとも多かったのか、どのようなシチュエーションにあることが多かったのがわかると思います。そしてそのようが場所や状況がわかれば、起きているときにそのような場所や状況に遭遇したとき、自分は今起きているのか、夢を見ているのか、と自問するのです。

実は、これは夢がリアルであればリアルであるときほど、現実ではないのかと誤解してしまうことからも、それほど明らかなことではないのです。これを繰り返すことによって、夢の中でもそのような問いを発することが可能になると言われています。

夢であるのかどうかを確かめるのには、例えばジャンプをしてみて、長く空中にいるのであればそれは夢であるといえるし、本か何かがあればそれを口に出して読んでみましょう。もしそれが夢ならほとんどの場合ちゃんと発声することができません。また一度目を閉じて再び目を開いて同じ情景があればそれは現実であると結論できるかも知れません。

夢であればいくぶんでも情景が変化していることが多いからです。この他にも特殊なアイマスクにREM睡眠に反応して光が点滅するようなものが売られていたりもします。これを装着して寝れば、夢の中でその光を感じて夢だと気付くことが出来るという仕組みです。しかしながら、このようなものがなくてもコツさえつかめば夢に気付くことが出来るようになると思います。

夢であることがわかるようになると、いろんなことが出来るようになります。夢を見ている最中は脳内麻薬の分泌量も通常より過剰になっているので、現実よりもより幸福感を感じたり、快感を得たりすることが出来るとのことです。まずは空を飛んでみたり、壁抜けなどをやってみてはいかがでしょうか。

明晰夢の研究は、現在のところどのようにしたら明晰夢を見られるのかというようなことぐらいしかわかっていないようです。従って明晰夢を見ることが、実際に人間にとってどのような効果があるのかということや、その意味付けなどはあまり解明されていません。

ですが、寝ている間を豊かに過ごせるということは、決して悪いことではなく、さらに夢の中にいながらにして起きているときと同様に、精神活動をおくることが出来るのなら、それは非常に素晴らしいことだと思います。なお、明晰夢を見ているときの時間感覚は現実の時間感覚にほとんど同じぐらいだということがいくつかの実験からわかっているそうです。
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by sigma8jp | 2008-12-02 02:23 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

心理学の夢分析 2

3.夢の構造
ユングは夢が「劇的構造」を持つことを指摘し、また重要視しています。
すなわち、①場面の提示②その発展③クライマックス④結末、の四段階です。

我々日本人には四コマ・マンガなどの「起承転結」が分かりやすいかもしれません。

ただ、すべての夢がこのような構造を持つわけではありません。しかし、このような見方をすると、分かりやすいこともあります。

ある夢では、「結末」が明らかに欠如している場合があります。
これは無意識が自我に答えを出すよう要求しているのかもしれません。
「意識的な解決への努力」が要請されているわけです。

夢では(これを劇と見た場合)、本人が登場人物として役割を演じるのですが、同時に客として観ることにもなります。現実世界では自分の客観的な姿を直接見ることはかないませんが、夢の中ではこれが可能です。
この、「演じる」と「観る」が、内的情緒反応の浄化をより促進させるといえます。
(「自分を客観的にみる」というのは、非常に意味深いように思います)

また、夢を見ているうちに、自分の役割が分からなくなることもあります。これにも何かしらの意味があるのでしょう。
(役割の喪失、ペルソナの喪失、混乱…いろいろな解釈が可能でしょう)


一日、あるいはある期間でみた夢が、同じ主題に根ざしていることがあります。
心像のかたちは違えど、その背景が同じだったりします。
このような時、カウンセラーはその点に十分に留意し、クライアントさんが気づいていない時には、その点を指摘するのもよい場合もあります(押し付けは、いけませんが…)

そして、一度全体の流れを経験し、その後に一つ一つの夢に対し、深く関わってゆくと、見えることもあるはずです。
あるいは逆に、一つ一つを深く吟味した後に、一連の流れを見ても、得るものがあるでしょう。

また、夢分析においては、現実世界の状態を把握しておくことが、カウンセラーにも、クライエントさんにも、必要になります。例えば、夢の世界と現実世界の出来事が奇妙な一致をしている場合もあり、それに気づくことにより、何かしらの深い情動や認識を得ることもあるのです。

なんにせよ、実生活に活かせてこその「気づき」ですから、夢の世界と現実世界の関わり方は重要であると考えます。

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4.夢分析の場面
  夢分析に対しては、カウンセラーの解釈をクライアントさんに押し付けてはなりません。これは夢分析に限りませんが、経験し、悟るのはクライアントさん自身なのです。とはいえ、カウンセラーとして知っておかなければならない事が多いのも事実で、カウンセラーは自身の経験により、材料の提示を行う場合もあるでしょうし、ある程度の「見立て」を行う場合もあるでしょう。しかし、それに支配されず、また押し付けもしない…そういうことです。

夢から与えられた材料を考えるとき、材料をそのまま受け取ると、何を意味するのか分からない場合が多々あります。夢は心像によって形成され、心像は伝えるべき「そのもの」ではないからです。しかし、心像は伝えるに「良いかたち」ですから、少し見方をかえれば、その真の姿が見えてきます。普遍的な意味と個人的な意味、現実世界での出来事や、日々の生活での思い…そういうものを考慮すると見えてくるものも多いように思います。

先ほど「連想法」について触れましたが、これも夢の持つ個人的な意味を教えてくれます。
夢からある材料「A」が与えられた場合、その「A」が当人にとって何を意味するのか見ます。そして、これが有効になります。

「あなたはAについて、どう思われますか?」と繰り返し聞いたとき、「A→B、A→C、A→D、…」という風に当人がAについて思う像が浮かんできます。これにより、個人的な心像の意味が見えてくるのです。

また、時には、ある夢の題材に対して、連想があまり浮かび上がらないこともあるかもしれません。無意識的要素が強く、意識的な理解が難しいような夢の場合、その傾向は強いかもしれません。こういう場合でも、カウンセラーの体験が豊かであれば、その夢の題材と似通った、神話や昔話、あるいはあまり知られていない世界の出来事、科学的知識などを提示して、夢の素材や、その意味を、豊かにできるかもしれません。

特に、神話や昔話は、普遍的無意識と関連していますから、多くの人の心に響く場合が多いように思います。ただ、注意すべき点は、「押し付け」にならぬことです。多くの材料を提示することは、夢の意味を豊かにしますが、そのどの部分がクライアントさんに響くか? ピッタリくるとクライアントさん自身が思うか?

それが大事だと思います。「カウンセラーとクライアントさんが、共に手をとり、夢に取り組んでいく」…この姿勢が大事でしょうか。(ともかく、クライアントさんをコントロールしようとはせんことです)

夢は内的世界の出来事であり、イメージの世界の産物ですが、同時に内的な「現実」である、とも言えます。外的現実とは一線を画しますが、内的には、間違いなく現実です。ですから、夢自体をひとつの現実として大切にしていかなければなりません。また、そういう姿勢でいると、夢の世界と実生活の関係、意識と無意識との関係、それに対し伝えたいこと…それらも見えてくるでしょう。

そういう意味では、夢なんて非現実的だと言う人は、夢によって突きつけられる、新しい事実から逃げたいのかもしれません。(意識しているかどうかは別にして…)また、これは夢に限ったことではないですが、夢や象徴を記号的には扱わないことです。そうすると、せっかくの未知なる部分や、生き生きした生命力が失われてしまいます。

それよりは、まず感じ、それを深めていく方が、多くのものを得られる場合が多いようです。そして、普遍的要素と個人的要素、両方を大切にすることも、忘れてはなりません。実際、夢は無意識からのアプローチであり、しかも(自律性は持つものの)意識に影響され、現実世界にも密接に関わっています。

また、夢の意義として、「一面的になった意識的態度の修正」や「新しい価値観や生き方の獲得」などがありますから、無意識の方からの、自我へのメッセージという意味合いが強いように思います。

このような点に注目すると、夢は以下のふたつを我々に与えてくれます。すなわち…
①対決すべき問題の真の姿と、その対処法
②それが意識との関連においてどのような状態にあるのか

これらを考慮し、意識と無意識との折り合いをつけ、無意識の持つものを意識に統合してゆくと、夢は大いに建設的なものになります。この作業は、記号のみに頼る夢ゲームでは行えないものです。また、ここにカウンセラーの存在意義があります。

前に夢を一連の流れの中で見てゆくとよい、と述べましたが、カウンセリングに対しては「木を見ることも、森を見ることも」大事です。そういう意味で、夢分析は以下のような作業になります。
①夢を全体の流れの中でみる
②その時の意識の状態に照らし合わせる、
③一つ一つの材料(心像)について連想を重ねてゆく

このようにしてみていくと、何かしらのまとまりの中に、見るべきものが見えてきます。
また、この作業はカウンセラーとクライアントさんの相互作用の中に見出されるのであって、記号的な夢ゲームにより見出されるものではないでしょう。

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5.死と再生のモチーフ
 夢に現れる重要なモチーフに「死と再生」があります。太陽は朝、東の彼方から姿を現し、その雄々しい姿を天に示し、やがて地平線に消えていきます。毎日、死と再生を繰り返すわけです。無意識から誕生した自我は、その力を現実世界で示し、また最終的に、無意識の深遠に帰ってゆくのです。これは人間の一生とも表現されますが、人生の中においても「死と再生」が何度か存在します。

今ある硬い殻を破ろうとするとき、社会的には死んだような状態になった後、よりよい状態に変容する事があります。一度社会的に死んで、再生するのです。あるいは蛹(さなぎ)と蝶のイメージでしょうか。

例えば、
「引きこもり」や「ニート」という、社会的には価値が低く、ある意味死んだような状態になることで、人生の方向を定めなおして価値ある人生を送る人もいるでしょう。あるいは、それが「きっかけ」になって、自身だけでなく、家族も、それぞれの在り方を考え直し、いい関係が得られるかもしれません。(ただ、これも、「引きこもり」や「ニート」という状態になることで得た時間をいかに使うか? 悲観するばかりに使うか、前に進むために使うか? ということも大事になります。また、底まで降りてこそ、方向転換できる場合もありますから、いろいろと考えなければならない事が多いです)

ある人にとっては、「リストラ」という死を体験することで、「新しい価値観」や「新しい生き方」、新たな家族の関係」を得るかもしれません。また、大病を経験することで、上記のような、今までにない見識や関係、態度を得る場合もあるでしょう。特に、そこに無いものに、いつまでも幻想を抱いているような場合、「そこに、それはないのだ!」という厳しい現実を魂にまで刻むような経験をしてこそ、方向転換できる場合もあります。これも、「死と再生」の一種でしょう。

ですから、社会的に死んでいる状況や、ある種の症状を恥じるだけではなく、それを建設的に受け入れたとき、そのマイナス・パワーはプラスへと変換され、再生へと向かうようです。しかしながら、死を盲目的に希望に置き換えていいものでもありません。死には常に否定的な面が付きまといます。(実際、回復に向かったエネルギーが、死に使われることもあります。この辺は、大いに注意が必要でしょう)

死は否定的であるという認識の下、そこに建設的な可能性を見出し、歩んでいくことが肝要であるように思います。今、死んだ状態にある自分を嘆いてばかりでは、変容はあり得ません。そこから一歩踏み出し、より建設的な方向に歩もうとする事、それが大事でしょうか。また、そんな時、無意識的要素は自我に協力してくれるはずです。

今の状態が事実である事は変えようがありません。しかし、そこに潜む真実は受け取り方で如何様にも変わります。何を成すのか? どういう人生を歩むのか? これは当人が決めるより仕方ありません。

上記のような「死と再生」のモチーフは、現実問題においても、夢においても現れます。そして、その夢が建設的な意味が濃いときには、深い感動を持って体験されるようです。カウンセリングを方程式化しようとは思いませんが、下記のような傾向があるのも事実です。

「症状の発症」→「逃避」→「危機」→「対決」→「混沌」→「統合」

「統合」という再生に向かうには「危機」や「混沌」といった死を経験しなければならない場合もあります。危機になるからこそ、方向転換ができる、という面もあります。
但し、重ねて言いますが、そこには建設的な面と、否定的な面の、両面が存在します。
これらが複雑に絡み合い、また変容してゆくのです。
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by sigma8jp | 2008-12-01 20:08 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

心理学の夢分析 1

まずはニーチェの言葉を・・・・

「人間は、夢の世界を創り出すことにかけては誰でも完全な芸術家である。
この夢の世界の美しい仮像は、あらゆる造形芸術の前提である。
…夢の世界において、我々は物の形の直接的な理解を楽しむ。
あらゆる形相が我々に語りかけてくる。どうでもよいもの、不必要なものなどは何一つない」

夢の特徴として、その「自律性」があります。ご存知の通り、夢は自我の支配を受けません――自我や実生活の影響は受けますが、コントロールすることは基本的に出来ません。また、心や自己の均衡を保つ作用があると考えられます。バランスを崩した心を何らかのかたちで補償するのです。

夢は意識の支配を受けないが故に、「未知なるもの」を伝えてくれます。
・自我が頭ごなしに否定していること、
・自我が(駄目だと)決め付けていること、
・自我が見逃しているようなこと、
そのような、自我が否定的に考えているものに、よい面があることを教えてくれたりします。
(あるいは逆に、自我が高尚だと無理やり思っていることに、異を唱えたりします)

いかに自我が認めなくても、自我の支配を受けない夢は何かを囁き(ささやき)ます。しかし、夢が直接的なメッセージを持つわけではなく、そこから何かしらを得るためには、それなりの技法が必要です。近頃、「私、夢分析が好きなんです~。あなたの夢を見てあげましょうか~」な~んて言う、夢見る乙女みたいな人がいますが、こういう場合はたいがい夢を記号のように扱うだけで、これは夢分析ではなく、夢ゲームの類でしょう。

夢は内的なイメージの世界ですから、もちろん現実世界とは一線を画します。しかし、夢分析は、この非現実世界の産物を、如何に現実世界に活かすか…そういうところに意味があるのだと思います。また、夢が何を意味し、どういう特徴があるか、などを理解すれば、そこからメッセージを読み取り、それを実生活に適用することも可能でしょう。

実際、私は印象に残る夢は、枕元に置いたメモ帳に控え、そこからメッセージを読み取るようにしています。このすべてからメッセージを読み取れるというものではありませんが、中には非常に有用な、「気づき」があったと思っています。また、何年かしてから、そのメッセージに気づくこともあります。それはさておき、以上のような効果を心に留めながら、実際の夢分析についてみていきましょう。

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1.夢
 夢はその時の自我に対応する無意識の状態を、何らかの心像により物語ります。(自我が意識していないような内容を囁いてくれます)自我と無意識の「橋渡し」の効果がある、と言ってもいいでしょうか。このような夢を紐解いてゆくと、自我が認識していなかった無意識の状態に気づかされたりします。

例えば、思考にのみ囚われていた人が、夢を体験することで感情の大切さに気づかされたりします。あるいは、理性を重視し、本能的なものを否定してきた人が、夢を通して、本能的なものも、そうそう悪いものではない、ということに気づかされることもあります。このように、夢は「相補性」を持ちます。

一面的になった自我を、何らかのかたちで補おうとします。あるいは、頭ごなしに否定しているような事柄に、光を当て、そこにある肯定的な面を浮かび上がらせます。そして、「夢を体験する」と言ったように、体験することで、心像をこころに基礎付けることが出来ます。

真理は素晴らしいものですが、思考のみで体験が伴なわないと、非常に虚しいものとなります。
しかし、夢で体験することで、心に深く基礎付けることができるのです。皆さんも、心に沁みる自分だけの夢を持っておられるのではないでしょうか。

この「夢で心に基礎付けられたもの」を、更に現実世界との関わり合いの中でうまく表現したり、活かせると、それは更に心に根付き、人間が豊かになることでしょう。

夢は「未知なるもの」を伝えてくれる、と述べましたが、その創造的な例として、河合隼雄氏は、以下のような例を挙げてくれています。・タルティーニが作曲した『悪魔のリトル』(これは、タルティーニが夢の中で聴いた悪魔がバイオリンで弾いた曲をあとで思い出したものとされているそうです)

・スティーブンソンの『ジキルとハイド』
・ケキュレの『ベンゼンリング』の考え(これは夢の中で、一匹の蛇が自分の尾を呑み込んでいる姿を見て、それをヒントに考えられたと言われています)

夢の中の心像は、具象性を持ちます。抽象的な事柄も、具体的な形や姿をもって、現れます。
例えば、自分の感情を殺し、思考機能にばかり頼って生きている人の思考機能が『殺人犯』として現れることもあります。行き過ぎた冷徹な言動が『刃物』となって現れることもあるかもしれません。

家につながれ、自由がきかない状態が、『かごの鳥』や『つながれた犬』という姿で現れることもあります。硬く、融通が利かない考えが、『硬い鉛筆』や『強固な鎧(よろい)』として現れることもあるでしょう。間接的なつながりを示すものとして、『電話』が出てくることも、あるかもしれません。また、コミュニケーションが、『キャッチボール』や『パスワーク』というかたちで現れるかもしれません。

このように、夢に現れる心像は、具象性を持ちますが、元型がそうであるように、それが「伝えたいそのもの」の姿というわけではありません。「それを表現するにはこれしかない」という仮の姿をもって現れます。ゆえに、これを知らない人にとっては、夢が本来伝えたい事が、なかなか見えてきません。不思議に思ったり、非現実的に思ったりします。

が、これを理解している人にとっては、合理的であり、現実につなげることもでき、いろいろなメッセージを得ることも可能でしょう。

夢は人間の内的世界の出来事ですが、外的刺激にも関係する部分があります。例えば、眠る前に見たニュースなどと関連した夢を見ることも多いでしょう。ただ、それを考慮して、「ああ、あのニュースを見たから、こんな夢を見たのか…」というのは、少し浅薄です。確かに、ニュースは「きっかけ」になっているでしょうが、その夢の詳細を見極めた場合、そこから得られるメッセージは別にあることが多いようです。

つまり、ニュースが「きっかけ」になっているものの、その姿を借りて、何かしら伝えたいことがある、ということです。これは、「目覚ましの音」や「寝ているときの状態」(例:布団からはみ出していた、とか、テレビをつけっ放しにしていた、とか、重い布団で寝ていた、とか)という場合も、同じような事がいえます。

例:「目覚ましの音」とシンクロするかたちで、夢の中で「電話のベルが鳴る」とか、「重い布団」で眠ったために「怪獣に踏みつけられる」夢を見るとか…。これらは確かに外的刺激に関連していますが、それはあくまで「きっかけ」であって、そのときの内的状況(心理的問題)、外的状況(現実問題)を考慮すると、やはり夢から得るものはあるようです。外的刺激とは別の、その夢をみるだけの理由があるように思います。

夢には追体験の効果もあります。生活の中で認識されなかった感情を、心像の形で体験することによって、消化されなかった感情を消化しようとするのです。この時、夢の背後にあるものに気づき、自身を見つめなおすことが出来たなら、それは宝になると思います。

上のような例は、①「外的なものを消化する働き」ですが、夢には②「内的なものを外界に展開する働き」もあり、これら二つの相互作用により夢を見る、という表現が妥当であると考えます。
ゆえに、「夢は自我と無意識の『橋渡し』をする」と言えます。

もう一度、言いますと、
①「外的なものを消化する働き」とは、現実世界や日常生活で経験しながら、意識化できなかったり、見逃しているような事柄の中で、実は大切であったようなことを、「夢」というかたちで「追体験」することによって、意識化したり、認識したりします。

②また、「内的なものを外界に展開する働き」とは、無意識を源泉とするメッセージのようなものを、「夢」から受け取り、そこから考えを得たり、実生活の態度や行動として活かしたりします。
芸術表現なんかも、これに近しい場合があるかもしれません。(もちろん、①に関わる場合もあるでしょうが)

特に②の様な場合は、「元型的な心像」が夢として現れるようです。

夢は心像の世界ですから、直接的に考えるのは危険です。夢に現れた要素が、当人にとって何を意味するのか十分に考える必要があります。いわゆる「夢判断」などの資料により、ある種の傾向は見えるかもしれませんが、あくまで個人を扱うのですから、その要素の持つ個人的な意味も重要です。何度も言いますが、心像は記号ではありません。

これを見る方法に「連想法」があります。例えば、夢の中に「A」という要素が現れたのなら、その「A」から何を連想するか挙げてゆくのです。これは「A→B→C…」ではなくて、「A→B、A→C…」という風に、要素Aに対して連想を繰り返すものです。

これにより、要素Aが当人にとって何を意味するのかが見えてきます。が、しかし、以前「象徴」で語ったように、そのものでしか表現できないものも存在します。また、あまりに夢分析にこだわりすぎると、夢の持つ効果が損なわれる場合もあります。夢の生き生きとした心像の効果が、解釈によって壊される場合もあるのです。

ですから、場合によっては、解釈するよりも、夢を味わうことが大事であることもあります。カウンセリングにおいては、夢を共に、深く味わい、経験することも大事でしょう。これらをバランスよく適用すると、夢から豊かなものを得ることが出来そうです。

さて、夢の「源泉」ですが、「外界からの刺激」「身体感覚」「心理的経験」「自我は忘れているが無意識に残っている経験」などがあるようです。

例えば…
・「外界からの刺激」:電話の音や、目覚ましの音、など…
・「身体感覚」:暑さ寒さ、尿意をもよおす、など・・・
・「心理的経験」:深い感情を伴なう体験、など・・・
・「自我は忘れているが無意識に残っている体験」:言葉のまま…。あるいは、無意識に抑圧された体験。

そして、無意識の深い層、集合的無意識(あるいは、普遍的無意識)からの産物もあるでしょう。

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2.夢の機能(夢のメカニズム)
  夢は意識の埒外(らちがい)にあるものに気づかせ、意識化させてくれます。これを意識に対する「補償作用」といいます。この「補償作用」こそ、夢の持つ最大の意義だといわれます。しかし、夢が必ずしも補償的とは限らず、時には深く暗いものも投げかけてきます。(まったく意味不明のものもあるでしょう)

逃げ出したいほどの、おぞましさを伴なうものもあるかもしれません。無意識の影響がより強くなった場合、このような事が起こるようです。夢は無意識からの産物ですが、やはり、それを受け取る自我の働きがなければ、意味は薄くなったり、時に、破壊的になったり、否定的に働く場合もあるようです。(無意識に呑まれるのは危険です)

では、夢の機能について詳細をみていきましょう。

(1)単純な補償
「これは意識の態度を補償したり、意識的な体験の足りないところ、未完なところを補償する夢です」

例えば、価値観の逆転を感じる夢がこれでしょう。自分が軽んじていたものに、「意外とよい面」を見つけたり、自分を過小評価していたが、自分に「意外と高い価値」を見出すといった、ものです。これは夢のみではなく、現実世界でも体験できます。内的事実と外的事実が違う場合が多々あります。

内的に劣等と思っていたことが、外的には些細なことだったり、あるいはよい面だったりします。
しかし、これに気づくにも、何かしらの「きっかけ」が要るわけで、その役割を夢が担う場合もあるということです。

人間誰しも、「頭ごなしに否定して」いたり、「決め付けている」場合が多いものです。それが許される範囲ならいいですが、それが原因で、自分や周囲の者が、日々、生きた心地がしないなら、やはり問題でしょう。しかし、それに対し、誰かが「それは間違っている」と言ってみても、効果は薄いようです。

それよりは、夢で、「その一面的な考えゆえに大失敗したり」、「頭ごなしに否定していたものに、新たな価値を見出す」方が、より心に響き、考えや態度を修正してくれる事があります。知識として訴えるより、やはり、経験して知る方が、心に響くし、心に基礎付けられるようです。

このような「補償的な夢」を見ること、体験することで、価値観の変換や、態度の修正がなされることもあります。


(2)展望的な夢
「夢が遠い将来へのひとつのプランのような意味を持って現れるものです」ここで、注意する点が幾つかあります。まず、いわゆる「予知夢」との区別です。予知夢は、相当、細部にわたって夢と現実が一致します。一方、展望的な夢は、細部というよりは、その大まかなプランを与えるところに大きな意味をおきます。

そして、一番重要なのが「夢に支配されない」ことです。いかに建設的なプランを提示する夢を見ようと、それのみに囚われ、現実世界での『努力』を忘れたならば、そのプランが実現するはずもありません。あくまで「仕事をするのは自分」であり、夢ではありません。これは宗教にも言えます。

神頼みは、あくまで「助け」を願うのであって、自分のやるべき仕事を神様に負わすものではありません。そんなことを神様が認めるわけがないでしょう。神様が与えてくれるのは「きっかけ」や「助力」です。また、この「きっかけ」が重要だったりします。(それが『奇蹟』であり、『信仰のきっかけ』なのかもしれません)

ともかく、無意識の産物である「夢」から展望的な何かしらを得て、同時に現実世界で努力したときに初めて自己実現がなされるのだと思います。もうひとつ注意すべきことがあります。それは、夢は心像の世界であり、必ずしも夢に見たことがそのまま現実世界での出来事とは限らない、という点です。

夢で何かしらの成功の夢を見たとしても、その心像は現実そのものではなく、むしろ心像の背後にあるものこそが、現実世界と密接につながっているのです。例えば、医者になる夢を見たからといって、無意識が医者になることを望んでいるとは限りません。

むしろ、「医者に象徴されるもの」が求められている、という解釈が正しいように思います。(もちろん、人によっては、医者そのものになる事が望まれている場合もあるでしょうが、慎重な見極めが必要だと思います)内的事実と外的事実は違います。夢に支配されず、その一歩奥にあるものを見極めることが大事になります。

また、「初回夢」というものもあります。治療の初期の段階で、非常に展望性の高い夢を見ることが多いようです。また、この初回夢を支えにすることで、長い治療の過程を歩むことが出来るという面もあります。ある意味、「希望」でしょうか…。

このように、「展望的な夢」を見ることで、方向性が示されることもあります。(繰り返しますが、方向性が示されても、意識的な努力がなければ、達成されることはないでしょう)


(3)逆補償
「これは否定的な補償ともいえるもので、意識の態度を引き下げようとするものです。どうも意識の態度があまりに良すぎたり、高くなりすぎたりしていると、それを下げようとする機能が夢にはあるようです」要は、バランスでしょうか?

いくら意識の態度が高貴であっても、人間としての全体性がそれを成すに足りないなら、その高貴な態度は危険なものになります。ある人がキリストを目指そうとしても、人間にその器があるかどうかは疑問です。そういう場合に、折り合いをつけようとするのが、この種の夢でしょう。

また、ある対象を心の拠りどころにしている場合、それが過ぎると、その対象を引き落とす夢を見る場合があります。これはその対象そのものを引き落とすのが目的ではなくて、むしろそれに支配されていたり、それに頼りきっている自我に対して、物申しているのでしょう。

ですから夢の通り対象を引き落とす作業をするのではなくて、むしろ当人の自主性を発展させるのが重要になります。(ただ、現実問題として、その対象がどうであるか、見極める必要もあります)

例えば、尊敬していたり、慕っている対象(親や先生、医師など)が、なんでもないことで失敗したり、馬鹿げた行動をとったりする…そういう風な夢が、これにあたります。そして、前述の通り、その夢を見たから、実際の人物まで無理やり低く見るというのではなくて、むしろ、実際より相手を高尚に思おうとしている自身の態度を修正したり、その対象に頼り切っている自分の態度を修正した方がよさそうです。

このように一見否定的に見える夢もありますが、その背後にあるメッセージに注目するとき、夢は建設的なものに変わります。要は受け取る側の気持ち次第なのです。ただ、「警告夢」のように、未来の不幸を予感させるような夢も、確かに存在するようです。このような夢を頭ごなしに否定した場合、現実の不幸が訪れる場合があるので注意が必要です。


(4)無意識の発言(発現)
  「夢は意識と無意識の相互作用のうちに形成されますが、無意識の力があまりにも強いときは、意識への補償作用が認められないような夢を見ることがあります」

このような夢は補償的な意味合いが薄く、それよりは無意識の心的過程を直接表すような夢を見るようです。このような夢は強い無意識のパワーに根ざしているので、印象が強い場合が多く、また、圧倒的なパワー、印象度がある反面、理解することは難しいようです。

この夢の特徴としては、本人が登場しないこと(自我が不在)、元型的なものが多く、神話のモチーフと重なったりすることが挙げられます。(無意識的要素が深く、普遍的無意識の影響が大きいということでしょう)このような夢を病的であると決め付けるのは簡単ですが、そうすると、せっかくの財産を失うことにもなります。ただ、現実世界に結びつく解釈は非常に難しいでしょうし、無理やりこじつけると、インチキ臭くなります。この辺が難しいところです。


(5)予知夢
 「これは、細部に至るまで予見的な夢です」先の展望的な夢のような、プランの提示というだけでは片付けられない一致度が示されます。ただ注意しなければならないのが、意識が忘れた外的事実が夢に現れることがある点です。意識が忘れていても、すでに体験したことかもしれないのです。この辺の細心の注意が要求されます。(何事も、盲目的には信じないことです)

また繰り返し言いますが、この予知夢に支配されてしまうと意味を失います。人間である以上、毎度毎度予知夢を見るわけではないでしょう。もし、そうだと言うなら、それなりの外的現実の証拠を提示しなければならず、しかも不一致は許されません。(勘違いはあるかもしれない)

更に言うなら、自分の内的真実をさも一般論であるかのように持ち出して、さらには自分の影を社会に投影し、周囲を巻き込んで攻撃するなんぞは害悪にほかなりません。これは到底許される行為ではないです。カルト宗教の犯罪がこれに当たります。

何かしらの宗教に加担する場合、あるいは思想に加担する場合、これらの注意が必須になります。ことが起こってから、知りませんでしたでは済まされません。現実世界では法が裁くし、内的世界においては魂が裁きます。逃げ切れるものではありません。

話を戻します…

また、この予知夢に、理由をつけようとしても無理が生じます。
「~だから、~が起こった」とか、「テレパシーなどの超能力の仕業だ」とか、「~霊の仕業に違いない」とか、無理やりこじつけると、インチキ宗教やニセ科学の類になってしまいます。
それよりは、「ともかく、それが起こった」と受け取り、それが起こったことによって生じる情動や影響を大切にした方がよさそうです。

(ただ、そのシステムを解明しようという作業そのものをまったく否定しようとは思いません。大事なのは、不確定なものを金儲けの道具にしない、不確定なものを一般論として扱わない…そういうことです。あるいは、「説明を急ぐな、ともかく事実を受け入れろ」…そういうことでしょうか。これも、あまり一面的になると、乱暴で、危険になりますが…)


(6)反復夢
  「現実で起こった出来事が夢で反復されることがあります。これを反復夢と言います」しかし、細部に注目すると、差異が認められることがあり、そこに注目すると、補償的なものが得られます。このような時は、反復夢ではなくて補償夢です。区別して考える必要があるでしょう。

反復夢の典型的な例がいわゆる「フラッシュ・バック」でしょう。例えば、戦争で陰惨な体験をした人が繰り返し、その体験を夢として経験するのです。これは自我が一度に取り込めなかった経験を、何度も夢で経験することにより少しずつ自我に統合してゆくものです。

このような時、カウンセラーが簡単に夢を無視するように言うのは間違っていると思います。(よく考えた上で、一度ひく、ということはあるかもしれません)無意識の強いパワーで浮かび上がってきたものを無視しようとしても無理だし、というか、無視すればするほど、無意識の中の要素は肥大化します。

それよりは、カウンセラーはクライアントさんの話すことを十分に受け止めるべきだと思います。
解釈抜きで、クライアントさんに体験を語ってもらうのです。それにより互いの相互作用で見えてくるものもあるはずです。(但し、時に、今は受けきれないと思う時は、一度退くといいでしょう)

このように、内に取り入れるには厳しい夢もあります。しかし、少しずつ、二人三脚で、統合できることもあるでしょう。カウンセラーは安易に「対決せよ」とは言えませんし、言うべきではないですが、相手が苦しい思いをしながらもなんとか対決しようかとし始める時に(自分に技量がないからといって)、その対決を止めさせるのはいかがなものかと思います。

せっかくの成長の芽をみすみす摘むことになるのでないでしょうか?それなら、それを受けきれるだけの専門家を紹介した方がよさそうです。受けられない用件は受けないのが、カウンセラーとしての良心だと思います。単なる傷の舐め合いは、プロのする行為ではありません。それは責任回避に他ならないと思います。

そして、それはクライエントさんの成長の可能性を摘む、愚かな行為です。対決を避ければ避けるほど、無意識はなんとしてでも真の問題と対決させようとします。その分だけ、症状も重くなるでしょう。

一番の解決方法は、自己対決という、つらく厳しい作業なのかもしれません。だからこそ、カウンセラーには強さが要求され、その為にもカウンセラー本人が自己対決を済ませておく必要があると私は考えます。(尚、治療の場においては、何度か「ひく」ことが必要になるかもしれません。 ただ、これは「逃避」ではなく、「勇気ある一時撤退」でしょう)

以上のように、夢の機能について述べてきたわけですが、時に、象徴性の高い、あるいは統合性の高い夢を見ることがあります。その中に、幾何学的なイメージや、曼荼羅的なイメージ、数字の「4」を表すイメージが現れることもあります。
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by sigma8jp | 2008-12-01 20:07 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

西洋占星術と夢

 西洋占星術の場合、自分の誕生時の星に進行中の星が重なる時期には、その星の象意を暗示するようなイメージが夢世界に頻繁に現れることが多いようです。例えば自分の誕生時の月の星座と、太陽の星座、あるいは上昇星座の主星のある星座などを進行する星が通過したときは、星の象意に関した夢を見ることが多いようです。

また、ホロスコープの中で夢に関する星は月と海王星なので、月と海王星をアスペクト(姿・相・局面)に持つ人は、夢予知や夢の中でいろいろなメッセージを受け取る能力に優れているでしょう。

さらに4室・8室・12室に月や海王星がある配置をもつ場合も、強い潜在意識の力を秘めており、夢見の能力に優れているでしょう。参考までに星の象意を示しておきましょう。西洋占星術の進行座相を読み取れる人は夢の中に星の象意がどのように現れるかを探してみるのもおもしろいでしょう。

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■金星が 月や太陽や上昇星座の主星のある星座を通過したり、誕生時の金星の星座に進行上の星が入った場合、恋愛に関する関心が強まるので、アニマ(霊魂・精神)やアニムスに関するイメージを多く夢に見ます。

■火星が 月や太陽や上昇星座の主星のある星座を通過したり、誕生時の火星の星座に進行上の星が入った場合、行動やエネルギーが強まつているので、攻撃的なアニムスに関する象意や障害・トラブルを意識するようなイメージを多く夢に見ます。

■木星が 月や太陽や上昇星座の主星のある星座を通過したり、誕生時の木星の星座に進行上の星が入った場合、財運が上昇する暗示や財運に関する象意を多く夢に見ます、また夢の中で幸運を告げるようなイメージの夢を多く見ます。

■土星が 月や太陽や上昇星座の主星のある星座を通過したり、誕生時の土星の星座に進行上の星が入った場合、オールド・ワイズマンのイメージが多く夢の中で忠告や戒めや試練を体験しやすくなり、自分のシャドウが登場したり、子供のころのコンプレックスの原因や失敗などを夢で繰り返し見たりします。

■天王星が 月や太陽や上昇星座の主星のある星座を通過したり、誕生時の天王星の星座に進行上の星が入った場合、予知夢を多く見やすくなります。トリックスター(神話や民話のいたずら者や道化)のイメージや、空を飛翔する夢、自分が返信する夢もよく見ます、まれに幽体離脱なども体験することもあります。

■海王星が 月や太陽や上昇星座の主星のある星座を通過したり、誕生時の海王星の星座に進行上の星が入った場合、インスピレーションが高まるので、夢の中でテレパシーを受けやすくなります。また集団意識と感応しやすいので、故人からのメッセージや未来予知夢も多くなり、一種の啓示を受け取ることもあるようです。

■冥王星が 月や太陽や上昇星座の主星のある星座を通過したり、誕生時の冥王星の星座に進行上の星が入った場合、抑えていた不満や疑問などが夢の中で具体化しやすく、自分が死ぬ夢や殺人の夢や事故の夢などを多く見ます。現実世界では抑制している静的な夢や前世の夢を見ることも多いようです。

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  以上は、西洋占星術の未来予知でも使う象意ですが、念のために加えると夢の中で見たイメージがすべて現実世界に現象となって現れるわけではなく、その中でも現実になろうとする強い意志力を持つているイメージだけが現実化することができるのです。

ですので、いくら夢に幸運な惑星の象意を見たからといっても、そのイメージをしっかり捕らえて自分の意志に結びつけていかないと、イメージを現実世界に引き上げて具体化していくことはできないと考えるのが妥当なようです。
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by sigma8jp | 2008-11-28 02:05 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

デジャビュ

 一般的な既視感は、その体験を「よく知っている」という感覚だけでなく、「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。

「過去の体験」は夢に属するものであると考えられるが、多くの場合、既視感は「過去に実際に体験した」という確固たる感覚があり、夢や単なる物忘れとは異なる。

過去に同じ体験を夢で見たという記憶そのものを、体験と同時に作り上げる例も多く、その場合も確固たる感覚として夢を見たと感じるため、たびたび予知夢と混同される事もあるが、実際にはそうした夢すら見ていない場合が多く、別の内容である場合も多い。

既視感は統合失調症の発病の初期や、側頭葉癲癇の症状として多く現れることがあるが、健全な人に多発することも稀ではなく、一般的な感覚である。一般大学生の72%が経験しているという調査結果もある。

過去の文学作品においても言及が見られ、近年現れ始めた現象ではないことを示している。しかし、実験で既視感を再現することは非常に困難であるため、実験を通しての研究法は確立していない。

よく遠くから景色を眺めていると、その場所まで行ってみたくなることがあります。近くに行こうとするのですが、たいていの場合、最短距離では行けずに回り道をしているうちに遠くで眺めていた光景を忘れてしまいます。

目的の場所に近づくにつれて、遠くで全体を眺めていた視点からより狭い世界(私たちが日頃感じている現実感)へと感覚が変化していきます。その場所にさしかかって初めて、断片的な印象で「どこかで見たことがある」感覚としてその風景を思い出すことになります。

デジャビュ、つまり既視感とはまさにそういうものなのかもしれません。意識するしないに関わらず、私たちにとって自分自身と出会うとても大切な体験なのかもしれません。遠くで見ていた風景や人は、あらゆる形でいつか私たちの目の前にあらわれるれることでしょう。

運命を、人生をよりよい方向に導くために、たとえ今がつらい時期だったとしても、そこを通りその出会いを果たさなければ、次に目指すべきすばらしい風景はきっと見えてはこないでしょう。

夢の世界と言う特別な世界があると言うより、夢がコミュニケーションを実現するある種のネットワークとなり、私たちが既に知っていると思い込んでいる現実や未知の現実とつながっていると考えた方がわかりやすいと思います。

私たちはいつも五感に縛られていますが、実際にはもっとたくさんの感覚が存在すると思います。海や空のように、私たちが本当に知っている世界はもっと深く広いのかもしれません。
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by sigma8jp | 2008-11-28 02:04 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

ユングによる夢分析

(1875-1961年、スイスの心理学者・精神医学者。人間の主体性を重視した分析心理学を創始する。人間を外向型と内向型に分類して精神障害者を心理療法で治療する方法を創出した、そしてユングとフロイトは生涯をとおしての友人でした)

  ユングによる夢分析はフロイトの夢分析を全体として受け入れていながらも、これをさらに進めて人間の無限大に広がる内的世界へ踏み込もうとしているのが特徴です。たとえばフロイトは芸術作品を見ても抑圧されたものの表れだと言ったのに対して、ユングはそれは文化を破壊する意見ではないかと非難をします。

二人がウイーンで会った時に、突然大爆音がしました、ユングはまた爆音がする予知しました、そして本当にそうなったのです。その時にフロイトはユングの優れた直感力にびっくりしたと言っています。また二人でアメリカへ旅行した時、毎日のように二人で夢を分析しあって楽しみました。ところが二人の夢の解釈はかなり異なっており、ユングが見た夢をフロイトはうまく分析できなかったのです。

これをきっかけにユングはフロイトから離れて「普遍的無意識」という考えを主張し始めました。それは夢は自然の中のひとつで、そこには古い歴史の中で積み重ねられてきたさまざまな文化もかかわってくるというものでした。

「エネルギーは必然的に対立があらかじめ存在することを前提にしている。対立がなければエネルギーが生ずる可能性も全くない。エネルギーの平衡(つりあい)する過程が生じるためには、つねに対立が先行していなければならない。生きとし生けるものは、すべてエネルギーであり、それゆえすべて対立に頼っている」この対立という考え方こそが夢のユング心理学の基礎となるものでした。つまりユングは夢は何かと何かとの対立から生まれてくるということを発見に至ったのでした。

ここでユングの見た貴重な夢を紹介しましょう。
「昔の騎士たちが、かぶとをつけたまま古い教会の地下にある埋葬所にいる。石の棺の中には1830年頃の死体が安置されている、ユングはその死体をジーツと見つめ続けていると、なんと死んでいるはずの人が動き出した、次々に他の死体も同じように動いた。

最後の棺は12世紀の十字軍の兵士のものらしく手を組んで死んでいた。同じようにユングが見続けていると、左手の指がかすかに動き始めた」この夢分析の中でユングは古い先人の体験が自分の心の中に刻みこまれているのではないかと考えるようになりました。(この問題は最近のめざましい進歩を遂げた遺伝子やDNA研究によっても解明される可能性があるかもしれません)

その後、ユングは夢だけでなく心の奥にある深層をも明らかにすることによって心を病んでいる人の治療へと向かいました。夢の分析として、その人が描いた絵画と夢のかかわりあいをさがしていく方法も取り入れるようになりました。

そして85歳でこの世を去ったユングの最後の夢を、バーバラ・ハナーの「評伝ユングⅡ」から引用して紹介しましょう。「私は鮮明な光りを浴びている別のボーリンゲン(地名)を見た。それは今や完成して住む準備が整ったという私に語りかけた。

そこからずっと下のほうで、母くずり(いたち)が子クズリに、水の中で潜ることや泳ぐことを教えているのを見た」チューリッヒにある湖畔の別荘以外に次ぎの世界に住む家が完成したというもので、人生の終わりに死の準備をするところまで来たという夢です。まさにユングの晩年にふさわしい夢であるといえます。

滝沢清人著「夢分析」
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by sigma8jp | 2008-11-28 02:00 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)

フロイトの夢分析

(フロイト1859~1939年ウイーンの精神科医で精神医学・心理学者で1900年の夢判断はあまりにも有名)

  フロイトによれば、夢は人間の願望を満たすためのものであり、わたしたちの見る夢はすべて何らかの意味のあるものだとしています。そして夢には願望がそのままの形で現れる場合と、潜在的な願望が形を変え歪曲されて現れる場合があるとしています。

後者の潜在的な願望とは夢を見ている本人にも分からないような抑圧された無意識的な願望のことで性愛的な願望が常に含まれているといわれています。このような夢の変装を見破り隠された願望を探り出すためにはフロイトの説いた四つの夢の性質「不安」「退行」「抑圧」「検閲」について知っておく必要があるでしょう。


■「不安」不安の大きい人ほど大きな夢を見る
 夢のフロイト心理学でよく取り上げられる代表的な夢に、猛獣に追われて逃げまわっているのがあります。このような夢を見た後は恐怖のあまりびつくりして目を覚まし夢でよかったと胸をなでおろすでしょう。この夢は幼児期に親から受けた圧力が潜在的な不安となって現れるものとされています。

また気の強い嫁からいじめられる姑も同じような夢を見ることがあることから、この夢は必ずしも幼児期の不安の現れだけとは言えません、要するに強いものにいじめられる時の不安感が夢に表れるというのが特徴であるといえます。

不安は他にもいろいろな夢になって表現されます。例えば歯が抜ける夢や髪の毛が抜ける夢もそうです。夢のフロイト心理学では、このような歯が抜ける夢や髪の毛が抜ける夢を性的な能力への不安や性的な葛藤による不安と結びつけて分析しています。しかし、このような「不安夢」は繰り返し見ることによっていつの間にか不安が解消されてしまうことが判明されています。夢にはこうした不思議な浄化する作用の性質も持つています。


■「退行」夢のタイムスリップは逃避飛行
  現代社会では個人の自由があまりにも尊重されているために、何をするにつけても、かえってどうしたらいいのか困惑してしまう人が多いのではないでしょうか、例えば恋愛を楽しむ自由もあれば恋なんてしない自由もあります。

結婚する自由もあれば結婚しない自由もあり、さまざまな自由の中で若者はなかなか心を調整することが出来ず、不安や葛藤に悩ませれてしまうことが多いものです。この心の不安や葛藤は緊張を強めてストレスへとつながつていきます。すると心は乱れはじめ、ついにはすべてを放棄して子供のようにだだをこねて、まったく自由でなくなったように泣き叫ぶ状態に陥るところの心理学でいう退行現象が見られる人もいます。

一般的にこのような状態の時は夢を見やすいということが言えます。つまり前項「不安」でも説明しましたように、不安や葛藤により心のバランスを失い、悪夢や不安夢を見やすい状態になっているのです。

ところで、この退行は夢の中でも起こります。夢の中では、タイムスリップして過去の出来事がよみがえってくる現象として表れます。まさに以前の状態に逆戻りして行くのです、特にナルシスト的な自己愛の強い人や自己中心的な人が不透明な不安に襲われたりすると夢の中で自分の幼児期に逃避するかのごとく、このような夢を見やすいようです。しかし最近の夢の世論調査によると現実の出来事や日常生活の一部が夢に表れることが圧倒的に多く退行の形で表れることは少なくなっているようです。


■「抑圧」どうして夢では理解不可能なのか?
 前述のとおりフロイトは夢は人間の願望を満たすために存在するものだと説きました。この願望とは日常生活の中で満たされなかったもので、ささいなものから、近親相姦などの性的欲求や人によっては殺人などさまざま夢です。

人々はこのような願望が心の中に沸いてきても、それらが実現できないものであったりすると、なんとかそれらを忘れようとして無意識の世界に閉じ込めてしまうのです。またかといって非常に感情的に興奮したり恐怖に脅えたり嫌悪感を感じたりしたことなどが、記憶としてインプットされず本来は忘れてしまったと思い込んでいたことも、無意識の世界に押し込まれていることがあります。

このように抑圧された無意識の中の願望や感情は夢となってさまざまな形で表れてきます。なぜなら眠っている時は精神的緊張がゆるみ、今まで抑圧されてきたものが一気に溢れ出るという説もあります。つまり抑圧されてきた願望をゆるみの中で満たすことによって心のバランスをうまく保っているのです。

しかし実際に見る夢の内容は支離滅裂でどんな意味があるのかもさっぱりわからないようなものがあるのは、皆さんの経験から多いのではないでしょうか。例えば父親が大好きな女の子が、その気持ちを無意識の中で押さえようとして夢の中で大勢の人がまわりにいる前で父親と派手なケンカをしているというのもそうした夢の一つでしょう。

夢は眠っている間の心理現象ですが、内容がはっきりしないことが多いために、忘れてしまっているものが少なくありません。


■「検閲」夢には映倫のように検閲のチェックがある
  ここでは夢の驚くべき一面を紹介しましょう。なんと夢はあなた自身の内なる表れでありながら、あなた自身が気づかないところで内容を改ざんして編集してしまっているのです。例えばきわどい性描写の夢とか寝汗でびっしょりなるような恐ろしい夢を見たとします。

しかし実は性描写されたものは無意識の世界ではもっとグロテスクな意識であったり、夢の中のとてつもない恐怖は実は気味の悪い復讐であったりするのです。まさか自分ではそこまで思っていたとは信じられないような心の働きが無意識の世界ではあるのです。

ところが、そこに「検閲」という作用が働いているために無意識の世界に秘められた内容は夢の中に表れてもいいような内容に置き換えられてしまっているのです。つまり検閲とは抑圧された願望が夢となって表れてくる前に、その願望をチェックして、あまりにも激しい感情や不都合な願望にブレーキをかける役目をしているのです。

その結果として願望はひどく歪曲され姿をがらりと変えて夢に表れるので、何を意味しているのか、どうしてそんな夢を見るのがさっぱりわからなくなってしまうのです。そのため、その人とってそれほど重要でないことが夢の中心となることがあります。ですから夢分析で大切なことは検閲された夢の持つ本当の意味を見破ることなのです。

滝沢清人著 「夢分析」より
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by sigma8jp | 2008-11-28 01:49 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)