カテゴリ:錬金術の奥義( 5 )

ケテルの上の三重光

AIN            0  
AIN SPH        00 
AIN SPH AUR   000

 生命の樹の図上では、ケテルの上に、3つのヴェールをかけている。これらは、「否定の三重光」と呼ばれるが、それは人間の通常の意識にとって、否定でしか存在を測れない理解不能な概念である。その最初に示される。
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<AIN>は、万物すべての原因なき原因と言われる。それは0(ゼロ)に象徴されるように存在に非ず、「無」でありながら万物全てに遍くもの、創造の前段階とされるものである。「絶対空間の女王・日没の青き瞼の娘」こそ、AINの導(しるべ)となりしものである。

やがて、それが「それ」自身を意識せしめようとするとき、「無」は「無限」へと自らを収斂せしめ、<AIN SPH>「00」へと移行する。「無限」はまた、その志向する意識により顕現の前段階「無限光」、否定光の大海<AIN SPH AUR>へと移行する。

これらは未だ顕現せざる3つの次元である。これらいまだ顕現せざる否定の段階においては、すべての時間および場所の概念は意味をなさない。
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by sigma8jp | 2008-12-22 17:06 | 錬金術の奥義 | Comments(0)

「世界霊魂」 アニマ・ムンディとは

 錬金術ではさかんに、アニマなる言葉が出てきますが、一般にはユング心理学の用語としての方が知名度が高いと思います。ユング心理学は有名ですので、この言葉の意味はご存知の方も多いと思いますが、具体的には男性の心理における、女性の姿に投影された己自身の心の分身のことを指します。

アニマの語源は「魂」を指しますが、錬金術ではこれが数百年前から女性の姿で描かれていたことも、ユングがこの言葉をこの意味にあてた理由の一つでしょう。アニマ・ムンディは「世界霊魂」又は「宇宙霊魂」などと訳されます。そして錬金術を心理学と同じと考えた場合、ダイレクトにこのアニマ・ムンディはユング心理学におけるアニマまたは女性の持つ場合はアニムスと一致すると考えて良いでしょう。
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ちなみに、ソクラテスは「ダイモーン(神霊)を信ずるもの」として告発されましたが、彼にもこの神秘の女性を知っていたと一部で言われています。(これについては、いずれ別に書きましょう。)次にダンテの「神曲」におけるベアトリーチェはダンテを神の世界に導きますが、文字通り彼女は彼を「案内」します。

ゲーテの「ファウスト」にも最後の一説に謎めいた言葉「永遠に女性なる者、我らを牽きて上らしむ」があり、確か後書きだったと記憶していますが、その著者が心理学に深いらしく「この一文はフロイト心理学と関係がある」ような書き方をしていました。これもユング心理学的に言えばアニマになります。

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つまり心の伴侶であるアニマまたはアニムスは、人間の心の変化・成長・革命に関係し、その変化を導く働きがあるのですが、ちなみにニーチェは「私はゲーテの言う『永遠に女性なるもの』の秘密を暴いた最初の人間かもしれない」と言っています。さらに「男性は『永遠の女性』を信じるが、女性については『永遠の男性』を信じているのだ」と、ユングのアニマ・アニムス論を先取りすることを述べています。

フロイトが自分の研究がニーチェの剽窃と評価されることを恐れたことは有名ですが、つまりフロイト心理学はニーチェ哲学と非常に近接しており、ユング心理学とも骨格的に大きく変わる物ではありません。アニマの意味する範疇は広く、秋葉原系アニメの美少女キャラクタも勿論、一つのアニマの現れですが、これは多く恋愛・性欲の対象ですので「低次アニマ」と表現して良い物で、この段階では心の成長に関わる機能は殆ど無いと思います。

これがあるきっかけにより、(私の場合は完全に一種の偶然ですが)自分の心の変容が開始するとともに自分が投影するアニマも成長し、より凛々しく、高貴に、そして恐ろしく厳しく成長します。非常に高次に達したアニマはギリシアの女神アテナのようになると言われていますが、私の経験から言えば「男性と見まごうごとき勇ましい女性」に進化しました。

簡単に言ってしまえば、自分の自我が成長すると、無意識としての伴侶のアニマも成長し、まるで2人で階段を上って行くように感じます。「神曲」にもこのような表現がありますが、非常に多くの錬金術絵画がそれを描いています。別の言い方をしますと、最初は可愛らしい愛でるべきアニマ(性欲の対象)であるのですが、次第に本人を「告発するアニマ」となり最後には、アニマ対自我の命を賭けた一騎打ちのような様相になります。

中高校生の時は理解できませんでしたが、プラトンの言葉「エロス(美しい肉体への愛)からフィロソフィア(愛智)へ」にも、おそらくこの意味が含まれているのでしょう。一部のキリスト教でYHWHの妻をソフィア(智)と呼ぶことがありますが、まさにそのような「智」を愛人とするような状態になり、はっきり言いますが、この段階のアニマは外見が美しくとも性欲の対象として絶対に見ないような「凄まじく厳格な人」のようなものになります。

実際、月と太陽が馬上で一騎打ちするような図や、雄雌のライオンが噛みつき合うような図が錬金術にありますが、正にこのように厳しいものであり、「アニマが勝つか自我が勝つか」という状況になります。このようなことで抜きつ抜かれつつ精神の階段を上って行き、上り切る時、終に自我は「永遠」と遭遇することになるのですが、これがゲーテの愛した「永遠」でありニーチェの言う「永遠回帰」の根拠になっていると考えています。

ユングはこの「そら恐ろしい宇宙のようなもの」を「自己(セルフ)」と呼びましたが、この時言うならば一種の全能感「宇宙と一体化したような気分」になります。(この時が自我インフレーションの極限状態です。)ユング心理学ではこの自我インフレーションが極大になった状態を「エナンティオドロミー」と呼びます。

ちなみにニーチェはユングより先にセルフという用語を使用しており、また「ツァラトゥストラ」の中で自己(セルフ)を「偉大なる天体=太陽」に喩えています。ニーチェの永遠回帰(永劫回帰)は、色々と文章的に小難しく解釈する哲学関係者がいますが私はこれは、一つの精神的変容の究極段階に達した状態と深い関係があるものと考えており、この、まるで時間を静止したような、「永遠(∞)=無(ゼロ)」というべき非常に仏教的境地と関係が深いと思います。

これがニーチェが「西洋の仏陀」と呼ばれる理由なのでしょう。しかしこれは文章に書いただけでは理解不可能であり、実際に体験しないと分からないのですが、経験してみると正にこのようにしか言えないものです。

ファウストは「止まれ、あなた(世界=全て)は美しい。」の一言を吐き、賭けで悪魔に負けますが、この言葉は、正に全ての世界と時間が停止し見事に美しい、完全で永遠なる世界への賛美であると思います。ニーチェは色々な先人にケチをつけることで有名ですが、彼はゲーテは絶賛していたと聞きます。


<プライマルジェム>
  プライマルジェムは、『至上の結晶(プライマルなジェム)』ですが、『プリマ(第一の)』が語源がここから来ているように感じます。こうなってくると、錬金術的にはプリママテリア(第一原質もしくは第一質料:prima-materiaもしくはprote-hyle)を思い出さずにはおれません。プリママテリアは賢者の石の初期材料である事から第一の物質みたいな感じで呼ばれております。

錬金術概念の第一の物といえば、世界霊魂。この世界霊魂(アニマムンディ)はいろんな物質の根元(イリアトでいえばマナ)みたいなもので、アニマムンディを手にできれば世界の全てを手にしたようなものだと考えられます。このアニマムンディは、世界の母体であり、この母体は、宇宙の全ての物質を含めた原材料の元となっている。

(伝統的)錬金術で言う「物質界」とは科学的な物質とは意味が違います。錬金術では「物質」と「精神」を2つの両極と考え、この世に存在するものはこの両極の間に位置し、その間を移動するものと考えます。すなわち「物質」が存在するためにはなんらかの「精神」的なものが必要であり、また「精神」は「物質」的な支えが必要という具合にこの両者は本質としては同じと見なします。

さて、(伝統的)錬金術の教義を一言で言えば、「物質を始め、この世に存在するものは唯一神を起源とする世界霊魂(アニマ・ムンディ)によって存在しかつ動かされている。神が世界霊魂によって物質という衣を与える事により世界霊魂の集合体となる。すなわちすべての被創造物は多様な形はとっていても、本質は唯一つである。それゆえ天上界と地上界には本質的な違いはなく同じ仕組みでできている。

神が世界創造で行った事と同じ原理は実験室でも-規模ははるかに小さくても-実現できる。
そして神が創造した世界の原理を肌で感じ、理解するのが目的である。現代科学が自然を理解し認識するのは自然を理解し、利用するのが目的であるが錬金術では認識し自然を超越して神に近づくために実験を利用する。」

そして「世界霊魂」を手に入れれば(すべての物質の根源は同じですから)自由自在に物質の変成ができる(たとえば卑金属を金に変えるのはその一例にすぎません)のみならず、病気を治し永遠の命すら手に入れる事ができるわけです。

したがって(伝統的)錬金術のテーマはこの「世界霊魂」を手に入れる方法になるわけです。
この世界霊魂が極度に純粋になると「石」の形をとると言われこれを「賢者の石」と呼びました。すなわち(伝統的)錬金術とは「賢者の石」を捜す(または作り出す)実践の道と言えるわけです。

「神」の被創造物は多様な形をとってはいますがそこにはすべて「神」がいます。人間もまた「神」の被創造物であるが故に当然我々の中にも「神」がいます。しかし物質界で生きている宿命(物質界での穢れ&錆)で「エレウシスの密儀」で書いた事を書き直せば、「生きている間に無知であれば生きている間も、そして死んでからも決して内なる神に気がつく事はない」


錬金術の目的は、「賢者の石」を生成すること
  錬金術は金を精製するのが目的ではなく、完全な金「賢者の石」を作るのが目的とされる場合が多い。賢者の石自体が不老不死の薬として扱われたり、他の金属と混ぜることにより金が精製できるといった話があるが、錬金術が盛んな時代にこの手の詐欺が多かったためとも説明できるため具体的なことは不明だが、賢者の石が精製できれば錬金術は成功と言える。

中国などでは不老不死の薬、「仙丹」を作る「仙丹術」が錬金術にあたると思われる。賢者の石の具体的な色、形、外見は不明。文献により「金のような石」、「外見のつまらない石」「ルビーのような赤く透き通り液化する石」、「赤い粉末」などいろいろあり、あたりまえだが確証のある物はない。

具体的な錬金術(すなわち賢者の石の精製方法は文献により二通りに分けられる。

◆一つには、古来の三大元素(三基本素)とされる「水銀」「硫黄」「塩」から、純粋な金「賢者の石」を作る方法。
(ただし、ここでいう三種類の物質は、現在の科学で一般にいわれる硫黄(S)水銀(Hg)塩(NaCl)ではなく、硫黄 [Sulfur]能動的特性(男性)可燃性、金属の腐食、 魂、意志、生活水銀 [Mercury]受動的特性(女性)輝き、揮発性、可溶性、可鍛性、霊、 感情、塩、[Solt] 結合、硫黄と水銀を結び付ける、肉体、無気力とされ、全ての物質を形成する要素であるとされる場合が多く、科学的に物質そのものを使用することは誤りでされるとされる場合が多い。

◆二つには、精製方法として「プリマ・マテリア」つまり第一(最初)の物質から、金を生成するという方法。この物質の選択を誤ったために失敗したという推測も多い。一般にはどこにでもあるが誰も気にしない物、つまらない価値の無い物といわれ、粘土、灰、糞尿、馬糞、土、鉛などが有力であるとされた。中でも鉛が重さ、価値の低さ、反応の鈍さから特に有力視された。この方法で具体的に精製する手順は第一に、この「プリマ・マテリア」の正しい選択。そして、文献によってかなり差があるのだが大体は、

◆第一過程、発芽(ゲンミナティオ)
◆第二過程、形成(フルマティオ)
◆第三過程、結合(コンジュクティオ)

◆第四過程、黒化(ニグレド)
◆第五過程、白化(スペル)
◆第六過程、黄化(?)

◆第七過程、赤化(ルペド)
◆第八過程、投企(プロジェクティオ)
◆第九過程、輪廻(ロタティオン)となる。

黒化(ニグレド)は「燃焼の後の黒き物」「物質の死」などを示し、赤化(ルペド)は「物質の生き返り」を示すという。尚、赤化の前に輝きを放つという文献、赤化で完成という文献もある。投企(プロジェクティオ)は文献によっては最終段階とされる場合もある。

その他に二基本素、全ての物は本質(エイドス)と形相(ヒュレー)により、構成されるという考え方からこれらを完全に分離し、形相(ヒュレー)を思い通りに変更(操作)するのが錬金術で物質から形相(ヒュレー)を取り除いた完全な物質(完全な金?)が賢者の石でされるという方法。

さらに、二基本素、三基本素と考え方が似ている四大元素という考え方。つまり全ての物質は、

◆火の要素(精霊サラマンダー・爬虫類)
◆水の要素(精霊ウインディーネ・水銀)
◆風の要素(精霊シルフ・中和剤)
◆土の要素(精霊ノーム・憂鬱質)で形成され、
◆エーテル?つまり光・空気の要素(精霊ウィル=オ=ウィスプ・霊的物質)

を結び付けるものとして使用し賢者の石を精製する方法。ここで示すエーテルとは現在科学でいわれるエーテル基をもつ物質のエーテルではなく錬金術の用語のエーテルとみられる。さらに中国では五大元素(火・水・風・木・金)の考え方もあるが、具体的な錬金術との関連が確認できなかったためここでは割愛する。
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by sigma8jp | 2008-12-22 16:28 | 錬金術の奥義 | Comments(0)

錬金術について

  錬金術とは、その名の通りもともとは「金」を作り出すことを探求した学問のことを指しています。金は加工もしやすく美しいので太古の昔から尊重されてきましたが、同時に、腐敗しないために「完全なるもの」という象徴的な価値も付与されていました。

そのため、金を生み出すための学はすなわち「完全なるものを手に入れる」ための修練の道とみなされたわけです。しかし、周知の通り「金ではないものを金に変える」ことは不可能でした。ということは、錬金術はおおいなる失敗の歴史にほかなりません。

しかし、「なぜ、失敗するのか?」を説明するにも人間はなんらかの納得できる理由を求める生き物ですから、錬金術に関しても当然のように様々な解釈を作り出してきました。いわく、「完全なるものとはすなわち神の手になるものにほかならないから、それを手に入れるためには神の真理に近づかなければならない」「完全なるものを得る作業に携わるためにはその作業者自体が完全なるものへと昇華しなければならない」などなど。

また同時に、金を生み出すことを可能にする最終的な状態を「賢者の石」と呼びますが、これも「不完全なるものを完全なるものへと変化させる」触媒であることからすなわち、人間に対して使用すれば「人間をも完全にする」と信じられました。「完全な人間」とはすなわち神の領域に達する者であり、つまりは神同様に「死なない」存在となるわけです。そこから「錬金術=不老不死の術」という図式ができあがることになりました。

こうして見ると、もとは一金属を得るための探求が、やがて人間の精神の鍛錬へと重心を移していった理由がなんとなくわかります。探求の作業にとりかかる前に雑念を払い身を清めてとりかかるようになっていたことを知ると、まるで日本の弓道などの根底に流れる精神と通じるものがあるような気がします。

さて、こうして失敗に終わった学問ですが、パラケルススの鉱物療法など副次的に生み出したものも少なくありません。また、たとえ何も生み出さなかったものと仮定しても、その歴史を学ぶことはすなわち人間の精神活動の蓄積をみることであり、自分達人間のことをよりよく知るためには有効なことと考えています。だからこそ、ユングが心理学の観点から錬金術を説明しようとしたのでしょう。
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by sigma8jp | 2008-12-01 03:09 | 錬金術の奥義 | Comments(0)

光は東方より

 錬金術の起源ははっきりしません。エジプト起源説、メソポタミア起源説など様々ですが、おそらくは金塊から不純物を取り除いて金の純度を高くしたりする冶金術がおこなわれた地域では、古くからなんらかの錬金術らしき模索がおこなわれていた、と考えるのが妥当なようです。

上記二つの地域と中国とインダスの、いわゆる四大文明地域では古くから金が使用されており、紀元前の太古の昔から原始錬金術と呼べるようなものが始められていたようで、それがメソポタミア出土の粘土板や、バラモン教などの聖典に残る錬金術的記述となって残ったものと考えられています。

そうした東方起源の冶金技術がギリシア経由でヨーロッパへと伝えられ、ギリシア哲学からの思想的影響を受けながら徐々に錬金術が形成されたものと考えられています。またその過程で、ギリシアやエジプトなど広い地域で高密度の文化的交流がおこなわれたヘレニズム期に、各地の技術や知識の交換がおこなわれたものとみられています。

それを証明するかのように、エジプトに残された冶金術に関するパピルスが、ギリシア語で書かれていたりしています。テーベなどで発見されたこうしたパピルス文書は19世紀にスウェーデンの所有となり、次いでオランダ政府に売却されたため、現在はライデンにあります(このため「ライデン・パピルス」と呼ばれています)。

もう一つ、錬金術の形成に重要だったものとして「ヘルメス文書」があるのですが、これはまた単独で扱いましょう。
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by sigma8jp | 2008-12-01 03:07 | 錬金術の奥義 | Comments(0)

ヘルメス・トリスメギストス

b0140046_344681.jpg  錬金術の原型が主にヘレニズム期にできあがったことを象徴しているような人物です。といっても、想像上の人物です。むしろ、錬金術的知の体系を神格化したものだ、と考えた方が近い気がします。なぜ彼をヘレニスティックなキャラクターだと呼ぶかといえば、そこに二つの文化圏からの知識の混交がみられるという理由によります。

まず、ヘルメスとはエジプトのトート神をギリシア語に直したものです。トート(トト)は、書記の神であり、つまりは知識の神であり、学術と技術を司る要職に就いています。そして、ギリシャ神話におけるヘルメスはローマ神話ではメルクリウスにあたり、伝達の神であり、書記の神であり、やはり学問に精通した神という役割を担っています。

メルクリウス(英語読み=マーキュリー)は伝達の神であるため、太陽の周りを最も高速で回転する水星の神になります。また、物質としては水銀にあたります。金を採掘して精製抽出する時にアマルガムが必要となるため、冶金術では水銀が非常に重要です。錬金術の知の完成者として水銀の神が選ばれるのも道理があるわけです。

このようにして、トート神とヘルメス神をあわせた架空の人物が出来上がりました。彼は錬金術を完成した人という設定なので、すでに述べたように神格化されて当然なので、神のイメージが入り込んでいても全く違和感が無いのです。こうして彼こそが錬金の術を見につけた者という伝説と化し、三倍偉大な者(トリスメギストス)と呼ばれるようになりました。

このため、錬金術はながく「ヘルメスの学」とも呼ばれ、彼がその奥義を記したとされる書物の存在も信じられており、実際に断片的にいくつか発見されていて(当然、後世の人の手によって書かれたものですが)、「ヘルメス文書」と総称されていました。

図版 シエナの大聖堂の床にモザイクで描かれたヘルメス・トリスメギストスの像です。いかにも東方の賢者、というイメージの姿をしています。

なぜこのような異質なキャラクターが教会の床に描かれたのか不思議になりますが、これは彼が異教的ながらも偉大な賢者の一人とされたこと、またルネサンスの古典復興の流れに乗ってこうした古代の偉人に対し尊敬を払うことが許容されるようになったことがあります。実際、ルネサンス文化の華やかなりし15世紀は同時に錬金術の世紀でもありました。
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by sigma8jp | 2008-12-01 03:05 | 錬金術の奥義 | Comments(0)