「生命の樹」にみる上昇と下降の流れ

 エデンの園には、「禁断の樹」と「生命の樹」の二種類の樹が植えられているといったが、アダムとイヴの楽園追放にみる意識進化のドラマは、人間の誕生と人類の歴史的進化をもたらした。しかし、ここに見るルシファーの化身とされる「誘惑の蛇」は、イヴに語りかけ罠にはめたことで、神の逆鱗に触れ、楽園追放へと追い込まれる結果となった。

しかし、ここに登場した「誘惑の蛇」は、カバラ生命の樹に記されている「上昇の蛇」とどのように違うかということである。ようするに、イヴに対し、「禁断の木の実」への好奇心・欲望を注ぐように言葉巧みに語りかけ、遂に食するように罠にはめた。食したアダムとイヴは意識の分割が生じ、結果、認識をもたらす旅が始まったのである。それは同時に、意識の下降の始まりを意味し、未知なる外界へと追いやられ、更なる意識進化の旅へと繋がっていく。

意識進化とは、一口に言って意識の内部分割化を意味し、ちょうど脳内のしわが多くなればなるほど、意識の発達は明らかなように、認識の範囲が広がれば広がるほど、意識は細かく細分化(内部分割)されていく。このことは、つまり物質世界への下降を意味しており、カバラ生命の樹では、これを「神の閃光」(創造のための光の流出)、といって意識の下降は、そのまま、「世界の創造」を意味している。これは、人間に初めて自由意思がもたらされたことに由来し、これによって、人間に創造意思が芽生え、世界を創造する能力が備わったと見る。

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 私は、エデンの園の中央に植えられた「禁断の樹」は、おそらく「生命の樹」の下降側の樹を意味しているように思われる。一方、上昇側の「生命の樹」には、「上昇する蛇」が樹に巻き付いており、「誘惑の蛇」とは正反対の方向へと誘う働きを持つ。その違いは、歴然としている。この「誘惑の蛇」は、喩えて言えば、黒い猛毒を持った毒蛇であり、一方、「上昇する蛇」は、神の使いとされる聖なる白蛇である。

この神の聖なる白蛇は、神秘学では「性エネルギーの象徴」でとされ、クンダリーニの上昇として、元のエデンの園へと返り咲く力を持つ。ここで、更なる疑問が残る。何故、エデンの園には、始めから「二本の樹」が植えられていたかという謎である。この謎が、ようやくここに来て分かってきたような気がする。

それは、要するに意識進化とは、より細やかな立場をどれだけ把握できたかということであり、意識の内部分割化を意味するが、しかし、その時に費やされる意識エネルギーは膨大であり、エネルギーはたちまち消耗してしまうからである。要するに、物質にかまけることは、それだけ物質世界に興味の対象が向かうことになり、その分、有機体のエネルギーが奪われ消耗するからである。

この活動を推し進めれば、それだけ楽園にあった統一性から遠のき、知性は豊富になる一方、バラバラになり分裂化の方向に向かう。要するに、物質界に入り込むことは、生命の原点である光の神聖から遠のくが、逆に物質世界への下降が促進されたことを意味する。このような一方通行の流れで生きる現代人にとっては、下降の流れだけしか持っていないため、有機体がたちまち物質化し化石化へと向かう。このように、上昇の流れが途絶えた現代人にとっては、本来の生命の持つ瑞々しさが失われ、朽ち果てることは明白である。

(※本来の上昇する流れを持っていれば、宇宙のエネルギーに触れるので、有機体に瑞々しさが取り戻せる。更には、下降したことによって得た経験値を統一するにも、高度な叡智と十分なエネルギーを必要とし、これらの条件を満たしていなければ、「神の楽園」に回帰することは不可能なのである。)

この現象からも分かるように、「原罪」としてアダムが神から言い渡された、「寿命が尽き、土に返るだろう!」と、言ったことと繋がる。この人間の宿命となった、化石化の流れを食い止めるためには、もう一方の上昇する流れを作り出すことをしなければ「原罪」は、永延に人類から解けないのである。

グルジェフは、エネルギーと物質の密度の違いを次のように表現した。
◆物質密度が高くなれば、それだけ振動密度は低くなる、逆に
◆振動密度は高くなれば、それだけ物質密度が低くなる・・・といった。

この表現を次のように置き換えると・・・
◆意識の進化は物質への下降を意味し、そのまま物質密度を高める働きをする。それは、同時に振動密度が低くなることを意味している。
◆エネルギーの上昇は、楽園(統一)への回帰を意味し、そのまま振動密度を高める働きをする。それは同時に、物質密度が低くなることを意味している。

ここで、二方向のつじつまの合わない流れが存在しているが、要するに人間の精神進化の流れは、意識が下降したならば、必ずその分、エネルギーを上昇させ、経験値を統一し意識を整理しなくてはならないという鉄則がある。これら双方向の流れをバランスよく働きかける以外に、正しい精神進化の道はありえないということである。人は、上弦と下弦とに均等に力を配分させ、発達させていくことが大切である。
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by sigma8jp | 2008-12-20 00:16 | 「アダムとイヴの楽園物語」 | Comments(0)
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