3-3. 運命
「プラトンの人生のドラマ」が執筆された前後に、ソロヴィヨフは「人生のドラマ」に関連する論文をいくつか書いている。その一つが、1887 年の「プーシキンの運命」である。ソロヴィヨフによれば、プーシキンは詩人として天才であったが、世俗的虚栄心に負け、その結果、決闘によって短い生涯を閉じる。 プーシキンは「運命」の偶然にもてあそばれ、彼の霊感から生まれるはずであった数々の詩は、彼の突然の死によって、我々から永遠に失われてしまった。ソロヴィヨフは、運命について次のように語る。「運命は、人間に『無関心な』あるいは『悪魔的』力である。 無関心さという特徴が強調されるとき、運命という言葉で、物質的世界の法則が理解される。敵対的な力として運命について語られるとき、それは悪魔的、地獄的原理に近くなる。しかしわれわれはこれらの力に最終的に依存しているのか。」37 もし運命が、人間に疎遠な、外部の偶然的力であり、我々がその力にもてあそばれているのであれば、それは現実世界の偶然的力がイデアより強力であるということになる。それでは、イデアを現実世界の中で実現することなど不可能である。運命の力は否定されなければならない。しかし、どのようにして否定されるのか。 「われわれの存在において決定的な役割は『無関心な自然』にも、悪魔的精神力にも属するものではないことは、私にとって、一般的に....ずっと以前から明白であり、第三の...観点の真理性を固く確信していたが、しかしそれをいくつかの特に宿命的な諸事件に適用することを、私は長い間できなかった。 それらもかならず、どうにかして真の観点から説明されると私は確信していたが、私はこの説明を見出さなかった。また理解できない諸事実と心中で和解することができなかった38 。」(強調はソロヴィヨフ) このソロヴィヨフの言明は興味深い。運命は否定されねばならないということを、彼は「一般的には」ずっと以前から、確信していたが、それを個別事例に適用することができなかった、というのである。しかし、個別事例に適用できない一般的命題などは、無力な願望にすぎない。 プーシキンの運命という個別、具体的な事例にこの一般命題を適用し、命題の真理性を確証しなければならない。では、この論文で、プーシキンの生涯が、運命の力に翻弄され、もてあそばれたのではないことを、論証できたのか。 残念ながら、論証できていない。外見上は「運命」の力の勝利に見えるプーシキンの死は、実は「摂理」であると、言うのがこの論文の結論である。論文自体の出来は芳しくなく、「運命」を「摂理」と言い換えるだけの、言葉遊びに終わっているきらいがあるが、しかしこの論文は、彼にとって焦眉の関心が何であったのかを如実に示している。 イデアはこの世界で実現されるし、されなければならない。地上の悪は、地上において克服される。なぜなら、イデアと現実の媒介者、神人イエスがすでに我々の前に現れたのであり、人類も神人への道を確実に歩んでいるのだから。 恐らく、ソロヴィヨフは、「一般的には」、このように答えるだろう。しかし、それを実現していく現実的力を個別、具体的に提示することは、彼にとって困難であった。ここにおいて、イデアと現実を媒介する力を見出せなかったプラトンとソロヴィヨフ自身とが重なるのである。
by sigma8jp
| 2008-12-23 00:00
| プラト二ズム思想
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