『シャーマンズボディ』 アーノルド・ミンデル

 プロセス指向心理学を打ち立てたミンデルの本はどれも素晴らしい。『うしろ向 きに馬に乗る』は、分かりやすい実践的な視点からの論述で、『24時間の明晰夢』 は、その理論展開の包括性で、『昏睡状態の人と対話する』は、コーマワークを中 心とした探求の深さで、それぞれが魅力を放っている。

そして、『シャーマンズボデ ィ』 もまた、他にない独自な魅力を発散する濃密な本だ。訳者あとがきに 「プロセ ス指向心理学の基本的な考え方をカルロス・カスタネダの著作やミンデル自身のシャ ーマニズム体験から語り直すスタイルをとっている」とあるが、むしろシャーマニ ズムに引っ張られるような形で、「心理学」という枠をはるかに超え出るような深さ の次元を、他にない大胆さで率直に語っている。

ミンデルを読んでいつも思うのは、タオ、ブラブマン、「大きな自己」、つまり ドリーミングが、私たちの夢や身体や病気や日常生活に働きかけてくる、その接点 がつねに語られているということだ。日常のあらゆるところにドリーミングからの 働きかけが潜在している。

いかにしてその働きかけを感じ取り、いかにしてその大 いなる流れに従っていくかがつねにテーマとされる。ミンデルを読むたびに魅了さ れるのは、まさにこの点だ。『シャーマンズボディ』は、その魅力がシャーマニズ ムを触媒に、さらに際立つ。

シャーマンは、自分自身や周囲の世界に起こる思いがけない出来事やプロセスに 注意を払う。それは「第二の注意力」と呼ばれる。それに対し「第一の注意力」は、 日常的な現実にたいする注意力である。日々の仕事をこなし、定めた目標を達成し、 自分のアイデンティティを保つのに必要な自覚である。第二の注意力は、無意識的 (で夢のような)動作、偶然の出来事、うっかりした言い間違いといった、自発的 なプロセスへ向けられる。

「第一の注意力」「第二の注意力」という区別はドン・ファンによるものだが、こ れはミンデルのいう「一次プロセス」と「二次プロセス」の区別に対応する。つま り、第一の注意力ばかりを使い、一次プロセスである通常のアイデンティティやそ れに対応する日常的現実ばかりに焦点を当てていると、二次プロセス、すなわち偶 然の出来事やうっかりした言い間違いといった夢のような出来事への焦点付けは衰 える。第二の注意力が弱まるのだ。

戦士としてのシャーマンは、第二の注意力によって思いがけないプロセスへの自 覚を育み、それに従う。ドリーミングボディをより深く生きることによって、全体 性や創造性を取り戻す。その自然な展開に従い、根源的な何かものかとの結びつき を感じ取る。そうした経験に開かれていき、時空間や世界から独立した自己の全体 性を体験する。

シャーマニズムもプロセスワークも、自我を強化することに重点を置くのではな く、身体や身体を含むプロセス、その変化に対する自覚を育むことを重視する。た とえば、「あなたが自分のエネルギーを支配しようとしたり、操作しようとすると、 結局のところ、病いや死に直面することになる。

一方、あなたが自分の身体感覚に 従うならば、今ここにいることを十分に感じ、真に人生を生きて創造している感覚 が得られる。たとえば、痛みやめまいといった感覚を大切にするということが、ド リーミングボディを生きるということなのである。」 ドリームボディ・ワークをシャ ーマニズムの観点から見れば、身体に従うことは失われた魂のかけらを探すことに 相当するという。

ほとんど全ページに散りばめられた、印象的な言葉、胸を打つ言葉、心に留めた い言葉の数々、その一頁一頁の密度の濃さ。そして、シャーマニズムに導かれつつ 信じられないような精神世界の不思議を語る大胆さも、ミンデルの他の本にはない 魅力だ。

「運命によって急性あるいは慢性の疾患、学問あるいはビジネスの失敗、性的な悩 み、狂気、自殺願望、あるいは不倫などの問題を抱えたとしても、そうした苦悩を 反転させる『ドリーミングボディを生きる』という新しいパターンが背景に潜んで いる。

私たちは直面する難問によって日常生活を中断せざるを得ないが、そのとき こそ、潜在的な可能性、戦士の精神、そして死に目覚めることができる。それまで 身につけていたパーソナリティに別れを告げ、心のある道を見いだすことができる のである。」
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by sigma8jp | 2008-12-27 01:58 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)
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