小説:VALIS 『秘密教典』(フィリップ・K・ディック)

「秘密教典」
1. 一つの「精神」がある。でもその下で二つの原理が争っている。


2. その「精神」は光を招き入れ、それから闇を招き入れる。その相互作用によって時間が生成される。最終的に、「精神」は光の勝利を宣言する。時間は止まり、「精神」は完全となる。


3. かれは物事の見かけを変えることで時間が過ぎたように見せかける。


4.「精神」の前にあっては物質は可変だ。


5.かれはずっと昔に暮らしていたが、いまなお生きている。


6.実時間はC.E.70 年にエルサレム神殿の崩壊とともに止まった。

そして1974 年にまた動き出した。その間の時期は、「精神」の「創造」を猿まねしているだけの、まったく偽の穴埋めだ。


7.休眠状態の種子の形で、生きた情報として、プラスマテハチェノボスキオンの埋められた文書図書館で紀元一九四五年までまどろんでいた。

イエスがあいまいに『芥子の種』で言っていたのはそういうことだ。

その種は『鳥たちが巣を作れるほど大きな木へと育つ』とイエスは言った。

イエスは自分自身の死だけでなく、すべてのホモプラスマテたちの死を予見していた。

かれは文献が発掘され、読まれ、プラスマテが交接する新しい人間宿主を差しだすのを予見していた。

だがかれは、プラスマテが二千年近くも不在となることも予見した。


8.生きた情報として、プラスマテは人間の視神経を溯り、松果体にたどりつく。

プラスマテは人間の脳を雌の宿主として使い自分自身を複製して活性形態となる。

これは異種間共生だ。

ヘルメス学の錬金術師たちは、古代の文献からこれを理論的には知っていたものの、再現はできなかった。

なぜならかれらは休眠状態の埋まったプラスマテを見つけられなかったからだ。

ブルーのは、プラスマテが帝国によって破壊されたのではないかと考えた。

これをにおわせたためにかれは火あぶりとなった。

「帝国は終わっていなかった」


9. Dico per spiritum sanctum. Haec veritas est. Mihi crede et mecumin aeternitate vivebis.

10.現象界は存在しない。それは「精神」が処理した情報の実体化だ。


11.われわれが「世界」として経験する、変化する情報は、展開する物語だ。

その物語はある女の死について語る。

この女性は、ずっと昔に死んだけれど、原初の双子の片割れだった。

彼女は聖なるシジギイの半分だった。

この物語の目的は、彼女とその死を階層することだ。

「精神」は彼女を忘れたくない。

だから「脳」の推論は彼女の存在の永久記録で構成され、それを読めば、そういうふうに理解できるだろう。

「脳」が処理する情報のすべて――それはわれわれにとっては、物理的な物体の配置と並べ替えとして経験される――は、この彼女を保存しようという試みだ。

石ころや岩や棒きれやアメーバは、彼女の痕跡なんだ。

彼女の存在と他界の記録は、いまや孤独となった苦しむ「精神」によって、現実のいちばん卑しい水準の上に秩序化されている。


12.この孤独、この後に残された『精神』の苦悶は、宇宙のあらゆる構成要素に感じられた。

その構成要素はすべて生きている。

だから古代ギリシャ思想家たちは物活主義者だった。


13.「精神」はわれわれに語りかけてはおらず、われわれを手段として語っている。

その語りがわれわれを通過して、その哀しみが不合理な形でわれわれを満たす。

プラトンが気がついたように、世界の魂には一筋の不合理なものがある。


14.この情報、あるいはこの叙述は、自分の中の中立的な声として聞くことができるはずだ。

でも何かがおかしくなった。

すべての創造物は言語だし、言語以外の何物でもないのだけれど、でもそれは何か説明のつかない理由のために、われわれは外にあるものを読むこともできないし、自分の中で聞くこともできない。

だから、われわれは白痴になったんだと言おうか。

なにかがわれわれの知性に起こった。

おれの理由づけはこうだ:脳の部分の並び方が言語だ。

われわれは脳の一部だ。

したがってわれわれは言語だ。

だったら、なぜわれわれはこれを知らないのか? 

われわれは自分がなんであるかさえ知らず、まして自分がその一部を構成する外的現実が何なのかなんてまるで知らない。

「白痴」ということばの期限は「私的」ということばだ。

われわれはそれぞれ、私的存在となってしまい、もはや脳の共通の思考を共有していない――識閾下の水準以外では。

よってわれわれの実際の生活と目的は、われわれの識閾以下で執行されている。


15.脳の思考は、われわれには物理的宇宙の中の並び方や並び替え――変化――として体験される。

でも実は、それは実際にはわれわれが物質化している情報と情報処理なのである。

われわれは脳の思考を単なる物体として見るだけでなく、むしろ物体77の運動、あるいはもっと正確には、物体の配置として見る。

でも並び方のパターンは読み取れない。

そこにある情報を抽出することはできない――つまりそれを、その実体である情報としては引き出せない。

脳による物体の結びつけや結び直しは、実は言語なのだけれど、でもわれわれの言語のようなものじゃない

(というのもそれは自分自身に向かってのもので、自分の外のだれかや何かに向かってのものじゃないからだ)。


16.「精神」は喪失と哀しみのため発狂してしまった。

よってわれわれは、宇宙、つまり「脳」の一部なんだから、部分的に発狂している。


17.二つの領域がある。

上と下だ。上の領域は超宇宙I または陽、パルメニデスの第一形態から派生したもので、意識があり、近く力もある。

下の領域、または陰、パルメニデスの第二形態は、機械的であり、盲目的で高効率な原因で動き、決定論的で知性をもたない。

それは死んだ源から発するものだからだ。

古代にはそれは「アストラル決定論」と呼ばれていた。

われわれはおおむねこの低い領域にとらわれているけれど、秘蹟を通じて、プラスマテを手段として、解放される。

われわれはあまりに封じ込められているので、アストラル決定論が破られるまで、われわれはそれがあることにさえ気がつかない。

『帝国は実は終わっていなかった』。
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by sigma8jp | 2009-01-02 14:35 | 宇宙の神秘哲学論 | Comments(0)
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