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SF小説:『VALIS』 に見る超宇宙論

<VALIS あらすじ>
  語り手 I(私)は Horselover Fat であると同時にSF作家 Philip K.Dick でもあるというドッペルゲンガー的な人称で綴られているが、作中では各々別 個の独立したキャラクターとして登場する。神からの情報を担ったピンクの光線が自らの脳に直接照射されるという神秘体験により、息子 Christpher の先天的疾患を知らされた Fat はそれを契機に、既成の様々な神秘思想(マニ教、オルフェウス教、etc.)を貪欲に換骨奪胎しながら神とこの宇宙を巡る壮大な宇宙創世論を秘密経典("Tractates:Criptica Scriptura")という形でしたためてゆく。

ある日偶然友人の Kevin と観た映画 VALIS の中に、自らの神秘体験と数多く一致を見出した Fat は、その映画製作者でロックスターの Erick Lampton との接触を図ろうとする。劇中 VALIS は太古の時代に打ち上げられた人工衛星として描かれているが、Lampton, その妻 Linda, さらに映画の音楽を担当したMiniと出会ったとき、Kevin,Dick,Fat,そしてカトリック信者の David は自らを造物主と名乗る Lampton から恐るべき事実を聞かされる。

VALIS とは高度のテクノロジーであり、あらゆる時空に偏在する唯一の理性である。自分の妻Linda との間に Sophia という娘が生まれたが、彼女こそ人類が長いこと待ち望んだ<救世主>に他ならない……。Sophia のいる狭い飼育場に案内された私たち四人は、Sophia から「あなたたち三人しかいない」と告げられ、その瞬間 Fat と Dick の人格は統合され、Fat が実は Dick の妄想が生み出した人格であり、狂っていたのはFatではなく Dick のほうであったことが判明する。

しかし Sophia はより多くの情報を彼女から引き出そうとしたMiniにレーザー光線を照射されて殺されてしまい、その瞬間 Fat と Dick の人格は再び分裂する。真の神を求めて旅に出たFatからある日電話を受け取った Dick は、Fat が今ミクロネシアにいること、そしてさらなる旅が続くであろうことを聞かされる。


<語句説明>
Kabbalah

  12世紀から13世紀にかけて成立したユダヤ神秘思想。Harold Bloom は Kabbalah を「Sefirot という大胆な比喩的表象にあからさまに依拠した Scripture(聖書)解釈学」としているが、具体的には Sefirot と呼ばれる十個の根源的な心的概念に基づき、神聖なヘブライ文字 22字を組み合わせることにより、より大いなる叡智が得られるとされている。その原理を機械的に具現化したのが 13世紀、ライムンドゥス・ルルスにより考案された「アルス・マグナ(大いなる術)」。


Gnosticism
 "Gnosis"は、ギリシャ語で「知識」を意味する。その教養によれば、人間の生活の場は幾層もの天球に囲まれた牢獄のようなもので、死語の人間の魂がその故郷である欠けたるもののない充満の場 Pleroma に戻ることを妨げる各天球の監視人たちのことを Archon という。その主神こそユダヤ教でヤハウェと呼ばれるこの世の創造主 Demiurge なのだが、Gnosis においては下級の霊的存在と考えられている。


Introduction
  フィリップ K.ディックの死の前年に刊行された『ヴァリス』は、グノーシス主義に立脚しながらディック独自のオカルト神学の集大成の様相を呈していますが、その内容について簡単に触れておきたいと思います。女友達グロリアの自殺が契機となって、徐々に狂気の兆候を見せ始めていくホースラバー・ファットは、二度にわたる自殺未遂の末、神からの情報を担ったピンクの光線を照射されるという形で神に遭遇します。

「神とは情報である」と確信するホースラバー・ファットを冷ややかに見つめる私、フィリップ・ディックは、ある日友人の無神論者ケヴィンとともに、マザーグースと名乗るロックスター、エリック・ランプトンが監督・主演する映画『ヴァリス』を見に行きますが、当時の大統領ニクソンに代わって、フェリス・F・フレマウントなる男が大統領の座に就いている別 次元のアメリカを描いているその奇妙な映画の中に、自らの神秘体験との多くの符号を見出したファットは、さらにその映画が様々なレベルで、観衆の意識をすり抜けて潜在意識に直接暗示を与える情報が込められていることを知ります。

さらにエリック・ランプトン自身から、ファットが長いこと捜しあぐねていた<救世主>が既に存在していること、その<救世主>こそ、妻リンダとヴァリとの間に生まれた娘ソフィアに他ならないということを聞かされます。しかし、邪悪な闇の時代の終焉とともに「智恵」Wisdom の時代が訪れることを告げる<救世主>、二歳のソフィアも結局は殺されてしまい、ファットによる真の<救世主>を求めての旅がさらに続いてゆくだろうというところで物語りは終わります。

ディックとファットとの捻れた人称の効果 によって、さながら「夢の人称」、つまり、夢の世界においては、自分自身がその世界の造物主であると同時に作中キャラクターでもあるという関係を反映したこの人称の効果 によって、来るべき覚醒、つまり真の神との遭遇を予感させつつ幕を閉じるわけですが、その幕切れ直前に登場する正に「機械仕掛けの神」デウス・エクス・マキーナ、つまり、Vast Artificial Living Intelligence System、巨大な人工知能としての神というこの奇妙なビジョンについて以下考察を進めてゆきたいと思います。なぜ、AI が神なのでしょうか。


1. Kabbalah and Criticism
 まず、グノーシスについてかんたんに触れておきたいのですが、要するに、この悪しき世界の創造者デミウルゴスとは別 に、真の神がこの世界の背後に隠されているのではないかという認識に立脚した神秘思想と言うことが言えると思います。以下、ハロルド・ブルームの『カバラーと批評』の誤読理論に依りながら、いくつかのテクストを突き合わせていくかたちで考察していきたいと思います。

ブルームはグノーシス主義を曲解(ミスプリジョン)の理論、つまり、創造的な誤読の理論であると定義づけていますが、具体的に言いますと、およそ詩人というものは、先輩格の詩人を何とかして追い抜こうとするものであるが、先行する詩人を「読む」際には極力影響を受けまいとして、防衛の構えを取ることにより、その先行詩人の解釈には何らかの「修正」が働いてしまう。

結果 、詩人が自らの「詩作」として打ち出すものは、先行する詩人の[誤読](ミス=リーディング)の結果 であり、従って、「読む」ということは歪めて「書く」ということ、「書く」ということは歪めて「読む」ということであると言う定式が打ち出されるのである。この定式が極めてグノーシス的であるとしながら、ブルームはさらに以下のように言っています。

それではグノーシス主義を自認するディックの手から成るこの『ヴァリス』が、いかなる「影響の不安」のものに成立したのか、以下、ドストエフスキーの『白痴』をディックのプレカーサーと見立て、その「影響=誤読」の元にいかなる「知られざる神」を見据えようとしたのか、さらに考察してゆきたいと思います。SF作家であると同時に純文学者を自認し、SF以外の様々な文学作品をも貪欲に吸収していったディックにとって、ドストエフスキーもまた看過しえない作家であったのではないでしょうか。


2. The Idiot
  1866年に発表された『白痴』(The Idiot )において、ドストエフスキーは、公爵レフ・ニコラーイェヴィッチ・ムイシキンというフィギュアを借りてキリストに最も近い人物を文学的に造形しようと試みました。作中冒頭、スイスの療養先から戻ってきたムイシキン公爵が遠縁に当たるイェパーチン将軍夫人を訪れ、自らの来歴を語るシーンがあるのですが、そのムイシキン公爵の独白を通 して、The Idiot と VALIS とを結ぶ幾つかの興味深い符号が見えてくるように思います。ディックは idiot という語を、ファットの手から成る「秘密経典」の中で以下のように定義しています。

ここで言う「共通思考」とは一体何を指すのでしょうか。以下、The Idiot を具体的に参照していきながら考えてゆきたいと思うのですが、 The Idiot のなかで Valis をいう単語がダイレクトに使うわれているところが二つの作品をより直接的に結びけることになるのではないでしょうか。

スイスの県名としてのヴァリスとディックのヴァリスの綴りとはアルファベットaの一字が異なっているように見えますが、ディックの VALIS の作品冒頭における『大ソビエト辞典』を引いて VALIS の字句説明が Vast Active Living Intelligence System from an American film とあり、American film の頭文字 A をアクロニムに加えれば、スイスの県名の Valais のアナグラムが成立するように思われます。続けて、さらに興味深い叙述を The Idiot の中に観ることができます。

ここでイェパーチン将軍夫人のいう「神話」が具体的に何を指すのかということについては作中後にも先にも触れられていないのですが、これは『旧約聖書』の「民族記」第22章に現れるバラムとのエピソードではないかと考えられます。以下「民族記」から引用してみたいと思います。

西洋文学の源流を辿れば『聖書』に行き当たるという当然といえば当然の帰結ですが、ディックとドストエフスキーがともにこの「民族記」のエピソードを土台に自らの作品世界を構築したのだとすれば、その背景には二人を結びつける何か共通 項があるのではないでしょうか。

これはグレッグ・リックマンの指摘によるのですが、一つには二人ともが側頭葉癲癇だったのではないかという説があります。側頭葉発作は特に「光と音」に敏感に反応すると言われていますが、もしそうであるなら、この両者が特に聖書中のエピソード、ろばのいななきによる覚醒と言う逸話に着目したとしても不思議ではないように思います。

ここでは "system" という語がきわめて極端な使い方をされているのですが、The idiot のこの文脈においてはムイシキン公爵の神の属性 (Godhead) を共有する何物かという意味での "system" という意味合いを読み込むことができるように思うのです。

そして The Idiot から VALIS へというシークエンスの中でこの "system" という語を捉えるなら、この話は VALIS における the common thought of the Brain, つまり「共通思考」へと繋がってくるように思われるのですが、このトピックはまた最後に触れたいと思います。

何れにせよ、聖書研究家を自認するディックがこのバラムのエピソードを知らぬ はずがなく、The Idiot 中のこの特定されてない「神話」という空白部に、聖書をブループリントしながらも、VALIS という作品を先行する様々な神秘思想のミス=ライティング、ミス=リーディングというグノーシス的フォーミュラに立脚した百科事典的ファンタジーと見るならば、1851年に刊行されたハーマン・メルヴィルの Moby-Dick を視野にいれて考察を進めていくことは非常に有効な手続きであるように思います。例えば、Moby-Dick,

第32章 Cetology 「鯨学」とあるように、モビー・ディックを追うことが取りも直さず先行する様々な鯨文学を「漁取」していくことであるとするなら、さらに第42章においては具体的に Ophites(拝蛇教)というグノーシスの一派の魔人像にモビー・ディッがなぞらえられているとするなら、そこに立ち現れてくるのはグノーシスにおける不完全で悪しき神、デミウルゴスに外ならないのではないでしょうか。

トニー・タナーは『言語の都市』の中で Moby-Dick を「物に名をつける」過程全体の物語であるとし、エイハブの究極的な過失は名前と物の一致を信じたことにあるとしています。以下に引用する箇所はイシュメールが抹香鯨の皮膚に刻まれた無数の文様を指しての叙述です。

ここにおいては、グノーシスにおける「知られざる神」というものがどこまでいっても概念把握不可能なもの、つまり表象しえない何物かであるということが寓話的に描かれているように思えるのですが、同様に VALIS においてもこの言葉と物を巡る確執を、意識では捉えることができず、読手のサブリミナル・レベルに直にメッセージを送り込む Mini の音楽、という形で反復しているように思います。

アメリカ文学史上幾度となく立ち現れてくる、この言葉と物を巡る永遠の対立に一条の光を投げかけているのが、グノーシス主義が新プラトン主義とともにその成立過程において多大な影響を及ぼしあったカバラーというユダヤ神秘思想であるように思います。<語句説明>を見ていただければわかると思うのですが、このカバラーこそが神=言語というラディカルな等式を打ち出してしまうのではないか、さらにその等式こそが、神=AI というヴィジョン背景にもあるものではないでしょうか。


3. Kabbalah and AI
 以下の考察は主に西垣通氏の『ペシミスティック・サイボーグ』によりながら進めていきたいと思います。ユダヤ人は聖書に字義通 りの意味のほかに神が密かに与えた隠された意味があるのではないかと考え、カバラーという聖書解釈学を発展させたのですが、その本質を一言で言えばこの宇宙の森羅万象を数理的・幾何学的に解き明かし、そのプロセスのうちに神との一体感を得ようとする神秘思想であるということがいえると思います。

この聖書解釈における数理的・記号操作的側面 を機械的に実現しった仕掛けである「アルス・マグナ」から17世紀ライプニッツの「普遍記号学」を経て、20世紀の人工知能(AI)へと至る一つのシークエンスが存在すると言われていますが、要するに単純な記号に分割された概念を、その記号のメカニカルな操作によって組み合わせてある種の<思考機械>であるという点において一つの流れがあるのです。

そもそも人工知能は、より多くの事象、願わくば森羅万象に対応しうる人間に限りなく近い万能コンピューターというコンセプトから出発しているわけですが、人間の精神的な営みにおける理性/感情のうち、コンピューターの理論言語に換言しえない感情の部分を捨象した時、およそあらゆる事象に対応しうる論理的思考様式というものが要請されてくるわけです。

そして、そもそも土着文化さえも有さないユダヤ人は、どこにいっても通 用する、より普遍的な思考様式、つまり論理的な思考様式によって自らの身の保全を余儀なくされる長いディアスポラの歴史の中で、独特の<普遍論理思考>を生み出していったのですが、それこそが、正に神とAIを結びつける一本の太いパイプとなるのです。

つまり、全宇宙を統べる統一的原理は聖書に由来するというカバラー的発想と、あらゆる世の事象をすべからく論理言語に還元しようとするコンピューターとが結び付くわけです。もともとアメリカン・ピューリタニズムは、清教徒が旧約聖書を重んじ、英国脱出を出エジプトに準えたというように、聖書主義という点においてユダヤ主義との間にかなりの親近感、20世紀ヨーロッパにおけるユダヤ迫害がその攻勢をますます強めて、ユダヤ人にとっての約束の地アメリカが大量 のユダヤ難民を受け入れたとき、現代の知識工学=人工知能の母体が形成されたのです。

世界最初のコンピューターは1946年、砲撃兵器の弾道計算の目的でペンシルヴァニア大学で開発されたENICAであるとされていますが、ハンガリーからの亡命ユダヤ人論理学者、フォン・ノイマンによる、計算手順を示すプログラムを記憶装置にあらかじめ記憶させる<プログラム内蔵方式>の発案により、コンピューターは単なる計算機械から、より普遍的な思考機械への変貌を遂げるのです。そしてその背後にあったものこそユダヤ的、カバラー的思考様式であり、何よりナチス・ドイツへの恐怖心であったのではないでしょうか。


Conclusion
  ディックの VALIS という作品における God as AI というヴィジョンも、つまるところ、聖書解釈学(神=言語)をメカニカルな記号操作(AI)によって行おうとするカバラー的文脈によって借定されてくるのではないでしょうか。

VALISの「秘密経典」において、人間の思考様式がコンピューターのアナロジーで捉えられていますが、、ここで発表内容1および2で保留していた The Idiot における "system" という言葉を、VALIS における the common thought of the Brain を介して、この computer-like system と一直線に結び合わせた時、そこには取りも直さず、<普遍論理思考>を介して神を共有するシステムとしての、カバラーとAIとを結び付けるユダヤ的図式が浮かび上がってくるように思われます。

  何れにせよ、我々が考えている以上に、logic は magic を内に秘めているのではないでしょうか。

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<Work Cited>
<Primary Sources>
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Bloom, Harold. Kabbalah and Criticism. New York: Continuum, 1983.
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--- edIn Pursuit of Valis: Selection from the Exegesis. Lancaster: Underwood Miller, 1991.
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   University, 1987スペンス、ジョナサン『マテオ・リッチ 記憶の宮殿』古田島洋介(東京:平凡社、1995年)
巽孝之「マサチューセッツ最後の皇帝-コットンマザー、あるいは病としての歴史」『現代思想』1989年2月号(東京:青土社、1989年)
西垣通『ペシミスティック・サイボーグ』(東京:青土社、1994年)
西垣通『思考機械』(東京:筑摩書房、1995年)
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by sigma8jp | 2009-01-02 15:54 | 宇宙の神秘哲学論 | Comments(0)
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