潜在的に持っている心の闇の対処方法とは

ある人からの質問1:”精神の死の灰(映画 『ネバー・エンディング・ストーリー』 に隠された真義!)のことです。この影響がかなり人類に大きな影を落としているような気がするのですがこれを浄化するにはどうすればよいのでしょうか?”

 確かに、地球人が吐き出す 「精神の死の灰」 は、遥かに進んだ知性と科学技術を持った宇宙人でさえも、大変に厄介で手ごわい「類」のものと言っています。更には、自分たちも 「精神の死の灰」 についてどうにかしたい。しかし、「精神の死の灰」 に近づくことは自らを危険にさらすことになるので、これ以上、近寄れない!とはっきり言っています。なので、地球人の問題は地球人自らが処理するしかないのです。これが、「宇宙の掟」というものです。

これが、あまりにも地球の内部に巨大な闇を形成しているので、大変に厄介です。以前、ミヒャエル・エンデの小説 『モモ』 にもこの 「精神の死の灰」 について触れていましたが、この根本の闇は、生命の本質的輝きである「時間の花」(生命の花)を根こそぎ枯らしてしまうほど危険なものです。小説では、「精神の死の灰」 から 「灰色の男」 が増殖していき、次々に地上の人間をマインドコントロールにかけ、おかしな方向に持っていきます。

その結果、今まで空間の中に降り注いでいた、光の感触や、ゆったりと流れる 「のどかな時間」 が地上からなくなっていき、それと同時に、人々の心にもゆとりが消えていってしまいます。最後に自然界も脅かされていきます。この大自然の背後には、四次元の精霊が生息していますが、「精神の死の灰」 に侵されると、精霊までも根こそぎ死滅させてしまう力を持ってます。丁度、海底の珊瑚を死滅させる天敵である鬼ヒトデや赤潮のようなものと考えたらよいでしょう。

この 「精神の死の灰」 の原因は、それぞれの人の潜在意識に横たわる一種のトラウマですが、その多くは、過去世に負った精神ショックが元となっています。主に、死への恐怖、孤独への不安感、皆から取り残されるという恐れ、未知に対する恐怖心、競争心・闘争心、呪い、怒り、嫉妬心、絶望感、悲壮感等があります。

これら 「精神の死の灰」 は永い歴史によってつくられた地球人の集合無意識からなる地層の記憶として存在しており、それが地球の地下深くまで伸びていて、四次元の地獄界を形成しています。かつての釈迦も、この人の根本無明である 「生・老・病・死」 に初めて触れ、衝撃を味わった一人です。当時の釈迦は、大変に恵まれた家柄であり王子であったにも関わらず、出家まで決意させ最後に悟りを拓いて仏教の教えを世に残しました。それがきっかけで 「煩悩即菩提」 という仏教の真髄を見い出しました。

現代社会でも年々、自殺者が増加していますが、その多くはこれら 「精神の死の灰」 に触れた時に起こる精神錯乱や憑依からくるものです。これら、「精神の死の灰」を浄化し、除去する方法はありますが、ただこの根本無明である 「精神の死の灰」 と真正面から向き合える人はおそらく皆無に等しいでしょう。それだけ根本の闇と向き合うには、大変に勇気のいることです。自らの潜在意識の奥に潜んでいる根本の闇を受け入れることで、吸収・消化はできます。

ただ、それには武士道に見られるような日本文化の良いところである、いさぎよい姿勢として、自らの非を認める心や、反省する心といったような精神修養の姿勢が不可欠です。多くの人は、この 「精神の死の灰」 を 「開かずの間」 に永い間、しまい込んでいて、数多く転生しても尚、一向に処理出来ないことから、大概その反動(ストレス)で、他人の批判を言ったり、他人のせいにしたりします。

それだけ、地球人は弱い存在で自分に対しては甘く、逆に人に大して厳しい姿勢を取り、他人を認めることなく批判し続け、排斥してきた歴史があった訳です。そこで闇の連中たちは、そのような地球人の弱い特質を逆手に取り、コントロールが容易にしやすくなっているという現実があります。その結果、永い間、地球社会は彼らに支配され続けてきました。

精神的な目覚めを求める人は、自らの内に残されている根本の闇を先ず、処理する手続きをしなくては、光を見ることは絶対にありません。そこで、禅や瞑想といったメソッドを一生を費やし、行っていくことが望まれます。初めて行う方は、自分一人でやることは極力避けていただき、できるだけ指導者に付いて行っていくことをお勧めします。以上のことからもわかるように、潜在意識の領域は混沌渦巻く不可知の世界ですので、甘く見ない方がよいでしょう。
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by sigma8jp | 2011-05-06 23:49 | Comments(0)
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