リズムと黄金分割( 5 )

 普通に考えるなら、リズムは正確に刻めば刻むほど、上手な演奏になるように思われる。たとえばシンセサイザーに音楽をプログラムすると、これはもう正確無比なリズムで自動演奏してくれる。

けれども、こうして演奏された音楽は、あまり面白くない。上手といえば上手だが、心に訴えかけないのだ。無味乾燥で、生命の躍動が感じられないのである。

ところが、ある程度のズレというか、ゆらぎというか、息遣いのような絶妙なリズムを取ると、音楽は見違えるほど生き生きして、感動を覚えるようになる。だから、シンセサイザーでプログラムする場合も、このズレをわざわざインプットする。それにより、曲の印象はかなり変わる。

たとえば「ハッピー・バースデー、トゥー・ユー」を歌うとしよう。最初から最後まで同じリズムで歌った場合と、しだいにリズムを遅くしていき、「ディア、〇〇さん」の、名前を歌うところを頂点として一番遅くして歌うのとでは、後者の方がずっと心のこもった歌になることがわかるだろう。前者は、まるで形式的で味気無い。

もちろん、あまりにもリズムがズレすぎると、今度はただのヘタクソな演奏でしかなくなってしまう。だから、こういう操作は、まことに絶妙な手腕が要求される。凡庸な指揮者と名指揮者との違いは、こうしたところで分かれるのかもしれない。

では、どの程度のズレが、音楽に生命力を与え、われわれに感動をもたらすのだろうか。 これについて、音楽家の藤原義章氏の体験に耳を傾けてみたい。

「音楽学生時代に、ブラームスのヴィオラとピアノのためのソナタ(作品120の1)を演奏する機会がありました。私はそのリハーサルで、先輩のピアニストから受けた斬新な助言に目から鱗が落ちる思いをしました。

それは、4分音符2つを1小節とする4分の2拍子で書かれている第2楽章の冒頭のうたい方について、「付点4分音符の次の8分音符へ早く入って長く弾くと、きれいに聞こえる」というものでした。

(中略)半信半疑ながら、助言された通り8分音符を長く弾いてみました。するとどうでしょう、音楽がいかにも美しく快いブラームスのメロディに変身していくではありませんか。これには我ながら驚いてしまいました。

この新鮮な助言は、メトロノームのように均等の拍のくりかえしが正確にできることを「よいリズムの条件」とする教育とは明らかに矛盾するものです。しかし先輩の衝撃的な助言には、リズムの謎と魔力がひそんでいるに違いないと強く感じさせるものがありました」

そして藤原氏は、次のような興味深い実験をされている。それは、成田為三作曲の「浜辺の歌」、8分の6拍子の冒頭8小節を選び、コンピューターで拍の時間を微妙に変えて7種類の異なるタイプを作り、これを学生に聴かせて、どの演奏が一番快く聞こえるかを調べたものである。

その結果、一番快く聞こえたのは、第4拍が最短拍の小起伏で、「黄金分割点」を頂点とする高揚度曲線にしたがったズレを持つ演奏タイプであった。拍を変えずに、機械的正確さで均等に演奏したものは2番目だった。

また、あまりにズレが大きすぎても快くは聞こえなかった。
適度なズレ、黄金分割に基づくズレのときに、人間はもっとも心地よいリズムとして響くことがわかったのである。では、黄金分割とは何か?
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by sigma8jp | 2008-11-18 21:21 | 「天球の音楽」と聖なる七音 | Comments(0)
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