霊界で聴こえる音楽

 ところで、臨死体験をした人の報告を読むと、魂の故郷である霊界において、たとえようもなく美しい音楽を聴くことがあるという。物質世界を越えた霊界で音楽が鳴っているのだから、音楽の本質は霊的であるといってもよい。そして魂は、肉体を持たなくても音楽が聴けるということだ。音楽は心さえも通り抜け、魂にまで浸透しているというピタゴラスの言葉は、真実であるということがわかる

偉大な作曲家というものは、高い霊界の音楽をインスピレーションで聴きとり、それを地上にもたらした人物なのである。
ただし、それが完全に伝えられているとは、考えない方がいい。完璧な美しさと偉大さとを持った霊界の音楽の、ほんの断片だけがもたらされたにすぎない。

地上世界は波動の粗い不完全な世界であり、とうてい霊界の精妙さを伝えることなどできないからだ。それはちょうど、美しい景色を肉眼で見たのと、それを写した新聞の粗雑なモノクロ写真を見るくらいの差があるだろう。あるいは天下の名演奏を生で聴くのと、SPレコード(若い人は見たことがないだろう!)をおんぼろ蓄音機で聴くくらいの、いやそれ以上の開きがあるに違いない。

とはいえ、たとえわずかの断片であったとしても、霊界の精妙な音楽を反映した調律音楽を耳にすると、魂はそれに共鳴し、感動し、懐かしさを覚え、自分自身もまた、その音楽のように調和した存在であることに目覚めてくるのである。
ここで、調律音楽の具体的な例を見てみよう。

アメリカのあるトラピスト修道院の修道士たちは、第二ヴァチカン公会議の取り決めに従い、日課祈祷をラテン語で唱えるのをやめてしまった。
すると、今までは1日に5、6時間の睡眠で十分であったのに、それでは足らなくなり、病気や心理不安が生じ、あらゆる物事がうまくいかなくなってしまった。

いろいろと改革を試みたがすべてうまくいかなかった。結局、その原因はグレゴリオ聖歌を典礼で歌う時間をなくしてしまったことではないかということになった。そこで、特別な許可を得た上で古いならわしを復活させたところ、修道士たちの問題はいつのまにか消えてしまい、再び物事がうまくいくようになったのである。
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by sigma8jp | 2008-11-18 22:30 | 「天球の音楽」と聖なる七音 | Comments(0)
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