カバラの三大経典

『 創造の書 』 
「形成の書」セフェル・イエツィラー(Sepher Yetzirah、"Book of Formation)ともいう。
 カバラにおいて最も重要な書が「ゾハール」とこの「創造の書」である。
この「創造の書」の成立は2~6世紀頃と思われる。G・ショーレムは3世紀頃に成立したのではないかと考えている。現存する最古の写本はカイロのシナゴーグから発見された11世紀頃のものである。 

学者によっては、8~9世紀、あるいは9~10世紀頃と考える者もいた。それによると、ヘブライ語言語学の創始者で、アラビヤ語で「創造の書」の注釈を書いたサアディア・ガオンこそが「創造の書」の著者ではないかという説もある。が、これには証拠は無い。

ともあれ、タルムートにも「創造の書」の記述があることからも、この書の歴史は、思いのほか非常に古いと考えられる。「創造の書」には複数種のテキストがあり、それを集めた本もあるほどである。だが、一般的に短い本文だけの版、長文の版、サディア版などのテキストが知られている。

また、訳者や注釈者によっても、その意訳は大きく変わり、研究者は複数のバージョンを調査する。なお、短文版は全文が邦訳されており、下記の参考文献で読むことができる。

カバラは、初期においては神学的な思索に偏りがちだった。
しかし、この「創造の書」は神学的な考察よりも、一種の宇宙論の立場からカバラを論じているのが大きな特徴であろう。ここにおいて、宇宙の始まり、創造と宇宙を形作る要素の働きについて解説される。

それは非常に理論的かつ体系的であり、カバラを大きく発展させた。
13世紀に入って、この宇宙論と神学的考察が、完全な形で融合を遂げ、我々の知っているカバラが生まれるのであるが、その土台となるべき書であった。

「創造の書」の著者は、言葉と言葉によって表現される事物は、がっちりと結びつき、1つの統一体を作っているという。そして、言葉は「文字」という一種の「元素」から作られている。これはとりもなおさず、22のヘブライ文字は、「言葉で表現される事物」の元素であることをも意味している。カバリストが文字の研究を重視する理由がここにあるのである。

「セフィロト」という言葉を最初に用いたのは、この「創造の書」である。「そこには無形の十のセフィロトおよび基礎となる22の文字がある。」このセフィロトの語源は、ヘブライ語の「セフィラ」から来る。その意味は「範疇」である。我々はセフィラを「球」と訳したくもなるが、これは「ゾハール」以降の「樹」における考え方からくる。

カバラの歴史において「セフィロト」の概念は、形を変えて進化する。少なくとも「創造の書」が書かれた当時、我々の知っているような「生命の樹」のような高度な体系化は、まだ成されていなかった。しかしながら、ずっと後世のカバリスト達は、「樹」を説明するために、この「創造の書」の記述を利用した。このことには、特に矛盾は無い。「生命の樹」は、もともと「創造の書」の思想に従った図式であり、完全に一致する概念なのだから。

「創造の書」には宇宙創造の思想が含まれる。これによると、宇宙の構成要素は3つあり、それは「世界」と「時間」と「人間」である。創造のごく初期には、これが潜在的に存在している状態にあり、これは「原始物質」である。宇宙の創造、これは虚無からの創造であり、二重創造の思想である。一つは「理想的な世界」として創造され、次に「現実的な創造」が成されたという思想である。

宇宙は確かに神からの流出によって創造された。しかし、先の3つの宇宙の構成要素、「原始物質」から現実的な世界が創造される前に、実在しない理想的な世界がプロトタイプとして作られた。まず空間が形成され、そこは3次元の世界である。要素として先の3つの「原始物質」がある。それが鏡に写されて合計して6つの象となり、そこから世界が創造されると考えた。

セフィロトは合計して10あるわけだが、最初の4つのセフィロトは創造する力であり、神の内部からの流出ではない。これはエゼキエル書の「4つの生き物」とも照応されるが、世界を創造するための4つのエレメンツを表現している。しかし、「創造の書」の段階では、この4つのエレメンツは錬金術的なそれではなく、「生きた神の霊」、「全宇宙にあまねく存在する空間に充満した精霊、エーテル」、「水」、「火」を意味している。

この10のセフィロトは非現実的な存在である。これが現実の存在物となるためには、先の鏡像を結びつける神秘的ナ数値が必用である。それは「1」である。セフィロトの2から10までの数値は、いずれも「1」から生み出されたものである。

「1」は生きている神の息であり、ここから「精霊のなかの精霊」であり「声」である「2」が生まれ、これは自然界のエーテルであり、そこから水(海)と土(大地)が生じ、「3」と「4」が生じる……
かくして「1」という数値は、「神」と同一である。こうして10のセフィロトが結合されると、そこに「神」の霊が存在すると考えられた。

この思想を後世のカバリスト達が深く考察し、図式化して行った結果、「生命の樹」の思想が形成されてゆくことになるのである。また「創造の書」は、ユダヤ歴についても触れられており、さらには7つの惑星についても触れられている。早くもこの書の頃から、一種の占星術的なシンボルがカバラに用いられていたことも分るであろう。


「カバラ Q&A」 エーリッヒ・ビショップ 三交社
「カバラ」 箱崎総一 青土社 (「創造の書」の邦訳あり)
「ユダヤの秘儀」 ベン・シモン・ハレヴィ 平凡社
「ユダヤ教神秘主義」 G・ショーレム 法政大学出版局

---------------------------------------------------------

『 ゾーハル 』
「光輝の書」セフェル・ハ・ゾハール(Sepher ha-Zohar、"Book of Splendor)ともいう。
 ゾハールとは、アラム語の「ジハラ(輝き)」から派生した言葉で、そのため「光輝の書」とも訳される。1280年から86年にかけて、スペインのカタロニア地方のゲロナ市のゲットーに突如出現した。それは、1冊だけの本ではない。複数の小冊子の断章で、それがバラバラになった形で発見された。

カバリスト達は、この「ゾハール」を読んで仰天した。何しろ、カバラの秘密の奥義ともいうべき知識が、ぎっしりと詰め込まれていたのだから。言うまでもなく、この本は、秘伝書とされ、珍重された。この本が印刷されるようになったのは、やっと16世紀になってからである。

しかも、もともとバラバラになった形で出てきたこの本は、なかなか1冊の本には、まとめられなかった。この「ゾハール」の完全な全集が出るのは、やっと20世紀に入ってからである。

この「ゾハール」の著者は、紀元150年頃に活躍したユダヤ教神秘主義者のシメオン・ベン・ヨハイだとされる。しかし、最近の研究で、これは否定されている。本当の著者として、一番有力なのは、モーゼス・デ・レオン(1250~1305)なるラビである。

「ゾハール」は、2~6世紀に成立したと考えられる「創造の書」より、思想的にも発展しており、それより古いとは考えられない。また、新プラトン主義の影響も顕著である。さらに、書誌学者達は、その文法上のミスからも、13世紀以前のものとは考えられないと言う。

「ゾハール」の内容を、一言でまとめるなど、不可能である。量があまりに膨大なのだ。さらに、内容は、暗喩と寓意に満ちており、素人がいきなり読んでも、チンプンカンプンのアホダラ経にしか見えないであろう。注釈書が無ければ、まず理解できまい。

ゾハルは、「大ゾハル」と「小ゾハル」の2種のテキストが長らく利用された。無論、これは全集ではない。「大ゾハル」とは、16世紀にマントウアとインマヌエルなるカバリストがまとめた物で、10種類の写本をもとに最良の手稿を選別し、各章ごとに配列しなおしたもので、別名を「章別ゾハル」と呼ぶ。 もう一つの「小ゾハル」は、クレモナとエリアーノによって、6種類の写本を編集したものである。

こうした「ゾハール」に収録されている章本の中でも特に重要なものが、以下の5つである。

 「隠された神秘の書」
 「大聖集会」
 「小聖集会」
 「エロヒムの家」
 「魂の革命の書」

  最初の3つは、主に創造の神が発展してゆく段階と神による天地創造を語る。これは、象徴と暗喩の塊で、おそろしく難解ではあるが、かの「生命の樹・・・神から流出する創造の過程」を理解しようと思ったら、必読にして要研究の重要な書物である。

「エロヒムの家」は、主に霊を解説した書であり、天使、悪魔、四大精霊について記されている。
「魂の革命の書」は、盲人イサクの神学を語った本だ。

当然のごとく、魔術師にとって重要なのは、生命の樹の理解と直接関わる前三者の「隠された神秘」、「大聖集会」、「小聖集会」である。これらは、かのマグレガー・メイザースによって、「ヴェールを脱いだカバラ」と言う題で英訳され、これの日本語版も国書刊行会より出版されている。

他に重要とされる章本に「モーセ五書に関する詳細な注釈」、「真の羊飼い」、「補説」、「新ゾハール」などが挙げられるが、どれを重要視するかは、流派や立場によって異なる。「ゾハル」が画期的とされる理由は、いくつもある。 一つは、これまでバラバラだったカバラの各流派の教義を網羅的に取り上げ、統一させたこと。

輪廻転生の思想を持ち込んだこと。
そして、「命題(テーゼ)」と「反定位(アンチテーゼ)」を「第三の原理(ジンテーゼ)」によって調停させたことである。「創造の書」において、「第三の原理(ジンテーゼ)」は、宇宙の生成論に応用されただけだが、「ゾハール」においては、完成した形を持つ形而上学として扱われている。

もっと、分かりやすく言うなら、これら3つの原理の働きによって、創造の「流出」の過程を説明しているのである。・・・・まだ分かりにくい? つまり、「男性原理(父)」と「女性原理(母)」の対立を、「第三の原理(子)」で調停し、中和させる、という考え方を明示したのである。

ここにおいて、「男性原理」は、聖四字名のヨッドに、「女性原理」はへーに、「第三原理」はヴァウに当てはめられている。これは、しばしば、キリスト教の三位一体思想と混同されがちだが、あきらかに異質だ。キリスト教の「父」は厳格、「子」は慈しみ、「聖霊」は慈悲深い全てを包み込む原理、である。

それに対し、カバラでは「父」は忍耐、「母」は粛厳、「子」は慈悲をあらわす。そう、「生命の樹」のシンボリズムそのものなのである。

---------------------------------------------------------

『 バヒルの書 』
「光明の書」セフェル・ハ・バヒル(Sefer ha-Bahir、"Book of Illumination")ともいう。
  カバラにおける重要な原典を3つあげるとすれば、やはり「創造の書」、「ゾハール」、そしてこの「バヒルの書」であろう。この「セフェル・ハ・バーヒル」とは、「光明の書」という意味である。30~40ページほどの小冊子で、ヘブライ語とアラム語が混在しており、旧約聖書の注解書の形式を取っている。

この書物の成立は例によって、謎に満ちている。少なくとも、1180年以来のカバリスト達の間で伝承されてきたのは事実である。著者は一説には盲人イサクとも言われるが、かなり怪しい。おそらく12世紀に南フランス(プロヴァンス)で書かれたものと思われるが、はっきりとしたことは分からない。

この書物は、第3期(前期完成期)の幕開け的な書物であり、非常に重要なカバラ文書である。
かのG・ショーレムのデビュー的な論文が、この「バヒルの書」のドイツ語訳と注釈だった。
だが同時に、この「バヒルの書」の内容は、乱雑で統一が取れておらず、混乱しているとの批判を浴びることもある。これは編集が杜撰であるためのようである。

ただ、重要なことは、この書物が、カバラにおける神学的考察と宇宙論、宇宙の創造論、これらの一体化の完成・成熟に大きく寄与していることであろう。
この書はカバラの思想の変遷において、第2期(成長期)と第3期(前期完成期)の境界線の役割を果たしているとも言える。実際、「バヒル」登場以前のユダヤ教の宇宙創造論は、まったく別物だとも言われている。

「私がこの「樹」を植えた。全ての世界がその中で大いに喜ぶ。それは全てを紡ぎそれは「総て」と呼ばれた。樹の上に総てがかかり、この樹から総てが流出し、総てのものがそれを必要とし、その樹を仰ぎみる。そしてその樹のためにあこがれる。この樹から総ての霊魂が導かれる(箱崎総一訳)」

また、このような記述もある。
「この樹とは何か? 彼は語った。神の諸力は、すべて重なり合って貯えられており、さながら一本の樹に似る。樹が水によって実を結ぶように、神もまた水によって樹の諸力を増やされる。では神の水とは何か? それは智恵のことであり、樹の果実は源泉から大運河へと飛翔する義なる人々の魂のことである(小岸昭・岡部仁訳)。」

つまり、この「樹」は、宇宙を現す樹であると同時に、人間の魂の進化の樹でもあるのだ。
「バヒルの書」の記述の中には、この「樹」の記述が論じられる。「バヒルの書」では、この「樹」は、神の植えた樹ではなく、神の神秘的な構造がこれを生じさせたと解釈すべきであると指摘される。

ここまで言えば、この書の重要性は言わずもがなであろう。そう、セフィロト論を「樹」の形で説明しているのだ。そして、この書では難解な象徴的な表現ではあるが、セフィロト論についても述べられる。これはやがて、現在我々が用いている「生命の樹」の大本となってゆくのである。

カバラにおいて、ゾハール的な象徴表現が盛んに用いられるようになるのも、どうやらこの「バヒルの書」が、きっかけの1つらしい。また、「バヒルの書」には、すべての人間の肢体に照応する「神の7つの聖なる形」の記述がある。これは、かのアダム・カドモンの思想を意味する。

さらに、カバラにおける輪廻転生の思想ギルグールも、早くもこの書物に現れている。それゆえに、この書を初期グノーシス主義における新プラトン主義と伝統的なユダヤ教神秘主義とを繋ぐリングとして重要である、と考えられることも多い。

この書は、登場した当初から正統派のラビ達から異端として、激しい非難を浴びた。神に関するあけすけな神話的な記述が、一種の冒涜として捕らえられたらしい。また、悪は神自身の内部の一原理あるいは一特性である、との主張もあり、これも正統派のラビ達から、反発を受ける原因ともなったらしい。

さらに、この書は編集が杜撰で、文章も拙劣であるといわれる。内容的にも、ユダヤ教神秘主義におけるメルカバ瞑想の思想と東洋の思想の剽窃・混合であるとの指摘もあり、それはそれで正しいのかもしれない。しかし、この書が、カバラの思想に一種の革命をもたらし、発展に大きく寄与したこともまた、厳然たる事実である。なにより重要なのは、この点であろう。
[PR]
by sigma8jp | 2008-11-20 22:18 | カバラの奥義 | Comments(1)
Commented by 都市伝説マニア at 2018-05-06 20:04 x
都市伝説が好きでゾハールとは何かを調べてここまで来ました。
正直、あまり馴染みの無い話で良く分かりませんでしたが。ゾハールについて知ることができました。
<< 「黎明(アウロラ)」ヤコブ・ベーメ ノタリコンとは >>