音楽の中の「水の精霊」・・・『水の音楽』(1)

  青柳いづみこの本『水の音楽』には、「オンディーヌとメリザンド」という副題がついています。この副題によってもわかるように、彼女はこの本で、水に加えて水に関わる2人の女性/オンディーヌとメリザンド――これらの女性はいずれも水の精である――に焦点を当てて、女性の作家ピアニストならではの独創的アプローチによって『水の音楽』を分析しているのです。
そもそもこの本は、フランスの地方の国立音楽院のピアノ科に留学した青柳いづみこと指導教官との対話からはじまるのです。

ちなみに、フランスの地方の国立音楽院のピアノ科というところは、生徒はみんな12~15歳の子供ばかりだそうです。 そこに日本の音大の大学院を卒業した学生が留学するのですから、ちょうど中学校に大人が中途入学するようなものです。

そういう状況で、ある日のクラス・レッスンで青柳は、先生からモーリス・ラヴェルのピアノのための組曲『夜のガスパール』の第1曲「オンディーヌ」を弾くように指示されるのです。 ところが、弾き終わったとたん先生に「もっと濃艶に弾くように」と注意されたというのです。しかし、このひねた学生は、先生のこの指導に対して、次のようにイチャモンをつけたのです。

------------------------------
されど我が師よ、我オンディーヌなるもの、かのメリザンドの如しとみるも如何に?
------------------------------

 もちろん青柳本人は、こんな芝居がかったいい方をしたわけではないのですが、フランス語は日本語よりも少し感じが固くなるので、先生にはこんな感じで聞こえたはずだと青柳は解説しているのです。なかなか面白い人です。 要するに、「私のイメージするオンディーヌは、ドビュッシーのオペラ『ペレアスとメリザンド』のヒロイン、メリザンドだと思いますが、先生はどうお考えですか」――このように、青柳は先生にイチャモンをつけたわけです。

いかにもフランス人らしいと思うのは先生の対応です。いきなり留学生から「オンディーヌはメリザンドである」と反撃されて困惑しながらも、青柳の反論をしきりと面白がって、考え込んでしまったというのですから・・。 ところで、「オンディーヌはメリザンドである」――といわれても当惑される方が多いと思いますので、しばらく「オンディーヌ」と「メリザンド」についてご説明することにします。

「オンディーヌ」といえば、ジャン・ジロドゥが1939年に発表した戯曲として知られています。劇団「四季」などでもよく上演されています。このように「オンディーヌ」は、ジロドゥの戯曲によってあまねく知られているのですが、その原作は、ラ・モット・フケ-で、1811年に彼が書いたメルヘン小説『ウンディーネ』なのです。 「ウンディーネ」とは何でしょうか。

青柳いづみこによると、フケーが『ウンディーネ』を発表した翌年の1812年、この話の出処を聞かれたフケーは、16世紀の錬金術師パラケルススの『水の精、風の精、土の精、火の精その他の精霊の書』(ズートホフ版全集、第14巻)という論文であるといったというのです。
錬金術師パラケルススによると、この世の中は、4つの元素によって構成されていて、それぞれに次の妖精が宿るといっているのです。

------------------------------
  水の精 ・・・・・ ウンディーネ(UNDINE)
  風の精 ・・・・・ シルフ(SHYLPH)
  土の精 ・・・・・ ノーム(GNOME)
  火の精 ・・・・・ サラマンダー(SALAMANDER)
------------------------------

 これでわかるように、ウンディーネというのは水の精霊のことなのです。フケーが小説の中で美しい人間の女性の姿をしたウンディーネを登場させて以来、ウンディーネといえば女性の姿をした妖精のことであると伝えられてきているのです。フケーは、小説の中でウンディーネを、気まぐれで、勝手で、恐れを知らない、いかにも妖精らしい妖精として描いています。

そのため、ジロドゥも彼の戯曲「オンディーヌ」で、この影響を受けてオンディーヌを描いているのです。かつて、女優の加賀まりこがオンディーヌ役をやって成功していますが、まさにぴったりのキャスティングといえると思います。なお、戯曲「オンディーヌ」では、「魚を食べない女」として描かれています。

一般に妖精は魂を持たないといわれています。ウンディーネにも魂はなく、人間と結婚することによってそれを得ることができるのです。しかし、魂を得たウンディーネは、人間と同じように心配や悲しみを感じるようになり、それだけ不幸になるのです。また、人間の男と結婚した場合、そこに破ることのできない契約が生まれるのです。その契約とは次の内容を持っています。

------------------------------
  1.夫は、水辺でオンディーヌの悪口をいわないこと
  2.夫は、他の女と浮気をすることは厳禁であること
------------------------------

  この契約が破られると、オンディーヌは水の世界に戻らなければならないし、夫も死ぬことになるのです。そして、その契約が守られているかどうかを四六時中ウンディーネの仲間の妖精たちが見張っているというのですから、ウンディーネの夫になるのは相当の覚悟がないとなれないのです。

このフケーのウンディーネは、いろいろな音楽家によって取り上げられています。ラヴェルのピアノのための組曲「夜のガスパール」の「オンディーヌ」、ドビュッシーのピアノのための前奏曲「オンディーヌ」、日本人では、三善晃による音楽詩劇「オンディーヌ」、それから、ドイツのウェルナー・ヘンツェのバレエ音楽「ウンディーネ」など――たくさんあるのです。

---------------------------------------------------------

b0140046_312489.jpg『水の音楽』 オンディーヌとメリザンド (青柳いづみこ/著) みすず書房刊
[本の内容]
ラヴェルの『夜のガスパール』から第一曲「オンディーヌ」を弾き終わったとたんに、先生から「もっと濃艶に歌って弾くように」と注意された。でも、この曲を高踏的に、人に媚びず、自身の美しさで聴くひとを惹きつけずにはおかないように弾いてみたい。
あたかもドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』のヒロインのように。

 「この世にことさら男を誘う女と誘わない女の二種類がいるとすれば、明らかにオンディーヌは前者であり、メリザンドは後者である。(…)水の精とはどういうものなのか、オンディーヌはその中でどの部類に属するのか、音楽は彼女たちとどうかかわっているのか、ドラマ『ペレアスとメリザンド』は水の精の物語とどのようなつながりがあるのか。」(プロローグより)

[目次]
第1章 水の精のイメージ
第2章 善い水の精と悪い水の精
第3章 創作された水の精
第4章 魔界と人間界
第5章 音楽になった水の精
第6章 『ペレアスとメリザンド』とおとぎばなし
第7章 『ペレアスとメリザンド』のドラマ構造
第8章 「宿命と女」と「つれなき美女」
第9章 メリザンドと水
第10章 水の音楽

---------------------------------------------------------
[PR]
by sigma8jp | 2008-11-23 02:00 | 水の精が戯れる「水の音楽」 | Comments(0)
<< 水の精は音楽にフィットする・・... 水の精霊 (ウィンディーネ)U... >>