ドビュッシーが優れたピアノの演奏家になれなかったのは、本人の努力や資質もあるが、当時のパリ音楽院の指導方法にも原因があったと青柳はいっています。ピアニストにとって、どの先生に師事するのかはとても重要なのです。
ドビュッシーは9歳でピアノをはじめていますが、ショパンの弟子といわれるモーテ夫人に師事して、ショパンのピアにズムの手ほどきを受けているのです。ところが、その1年後に入学したパリ音楽院では、旧態依然たるクラヴサン(チェンバロ)時代の指先に頼る奏法を指導されたのです。 ショパンは、上流階級の子弟にピアノを教えていたので、彼の画期的なメトードはプロフェッショナルな教育界にはまだ広がっていなかったのです。また、教育界はどうしても今までの奏法にこだわり、ショパンの革新的奏法には相当の抵抗感があって、そう簡単には受け入れなかったと思われます。 しかし、そういう状況の下でも革新を目指そうとする演奏家はいたのです。それは、ラヴェルより2歳年下で、ドビュッシーやラヴェルと同時期にパリ音楽院に学んでいたアルフレッド・コルトーです。コルトーは、パリ音楽院の指先に頼る奏法に疑問を抱き、ショパンの考え方を基調にして独自の奏法を編み出し、クープランのクラヴサン曲集などを次々とピアノ版に改訂していったのです。そういう意味でコルトーは、フランス近代ピアノ奏法の開発者と呼ぶのに相応しい存在なのです。 そういうこともあって、ドビュッシーは次第に演奏よりも作曲の方に傾注していったのですが、それは彼にとって正解であったといえます。なぜなら、もし、ドビュッシーが演奏家を目指していたら、名を残すことはできなかったからです。このドビュッシーは、ラヴェルとともに印象派と呼ばれています。 19世紀末期になると、ヨーロッパの文化的中心はドイツからフランスへと移ります。1870年代のフランスの財政的崩壊と不況の後、引き続き現れた繁栄の波が、パリに富と贅沢に満ちた社会的風潮をもたらすにいたるのです。パリらしい洗練された官能を持つ芸術性は、まず、モネやルノアール、ドガといった画家たちの間で生まれ、彼らはロマン派の作風とは異なり、深遠で情熱的な人生経験よりも、親しみやすい日常の出来事や光景を好んで描写し、それは静かな淡い色調や、輪郭のあいまいさによって表現されたのです。 その作風は音楽界においても同様で、ドビュッシーやラヴェルに代表される作曲家は、全音音階や中世の教会旋法、不協和音や非機能和声などを用いて、音色の淡い、リズムのあいまいな印象派音楽を確立させています。 また、彼らは一見、標題音楽を受け継いだかのようにも見受けられますが、ワーグナーやベルリオーズのように具体的内容を指す主題を用いたり、内容の説明を楽譜に書き込んだりなどはしていないのです。むしろ、「沈める寺」「水の反映」といった曲名を付けて、それが示す光景の雰囲気を音で表現することを好んだというわけです。 青柳いづみこは、ドビュッシーは美しいというよりも、背徳的なことやデカタンス(退廃)の要素が多くあり、きわめて耽美主義的であるといっています。青柳がこのことに気がついたのは、彼女の祖父が、青柳瑞穂といって、詩人でフランス文学者であった関係上、ジョイスの『ユリシーズ』やマルキド・サドなどの本がたくさんあって、小学生の頃から、そういうものをよく読んでいたからであるといっています。 ドビュッシーの研究者として、大阪音楽大学で講義をしている青柳が、インタビューで「ドビュッシーに会ってみたいか」と聞かれて次のように答えています。 そういうドビュッシーよりも13歳年下のラヴェルは、ピアノのウデこそドビュッシーよりも下でしたが、少なくともドビュッシーよりは、印象派風なピアにズムの開発には熱心であり、長じていたといえます。よく「ドビュッシーやラヴェル」と一緒に名前を並べますが、ドビュッシーとラヴェルは大きく異なります。ラヴェルの音楽について、青柳は次のようにいっています。 ------------------------------ ラヴェルは、熱く燃えているものは持っているんだけど、それ を手にしようとすると、見えない壁があって中に入れてもらえないんです。いろいろなものが渦巻いているドビュッシーとは大違い。氷やドライアイスをさわるとやけどすることがありますよね。ラヴェルはその感覚に近いです。秘められた情熱を持っているような音楽なのです。ですから、ドビュッシーとは同列にできないタイプの音楽なんですね。 ------------------------------ ラヴェルの音楽は、ひとことでいうと「抑制の極致」というべきなのです。感情を素直に表現するのではなく、考えていることとは別のことをいったり、逆のことをしたりします。ですから、その故意のいい落としや婉曲な表現について、演奏家は考え抜いて解釈する必要があります。 青柳によると、ラヴェルはドビュッシーよりはずっと「歌」のある作曲家なのですが、きわめて恥かしがりやである性格から、そこに強い抑制が働くのです。したがって、抑制することが彼の裏返しのロマンチシズムの発露といえるのです。
by sigma8jp
| 2008-11-23 02:50
| 水の精が戯れる「水の音楽」
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