デジャビュ

 一般的な既視感は、その体験を「よく知っている」という感覚だけでなく、「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。

「過去の体験」は夢に属するものであると考えられるが、多くの場合、既視感は「過去に実際に体験した」という確固たる感覚があり、夢や単なる物忘れとは異なる。

過去に同じ体験を夢で見たという記憶そのものを、体験と同時に作り上げる例も多く、その場合も確固たる感覚として夢を見たと感じるため、たびたび予知夢と混同される事もあるが、実際にはそうした夢すら見ていない場合が多く、別の内容である場合も多い。

既視感は統合失調症の発病の初期や、側頭葉癲癇の症状として多く現れることがあるが、健全な人に多発することも稀ではなく、一般的な感覚である。一般大学生の72%が経験しているという調査結果もある。

過去の文学作品においても言及が見られ、近年現れ始めた現象ではないことを示している。しかし、実験で既視感を再現することは非常に困難であるため、実験を通しての研究法は確立していない。

よく遠くから景色を眺めていると、その場所まで行ってみたくなることがあります。近くに行こうとするのですが、たいていの場合、最短距離では行けずに回り道をしているうちに遠くで眺めていた光景を忘れてしまいます。

目的の場所に近づくにつれて、遠くで全体を眺めていた視点からより狭い世界(私たちが日頃感じている現実感)へと感覚が変化していきます。その場所にさしかかって初めて、断片的な印象で「どこかで見たことがある」感覚としてその風景を思い出すことになります。

デジャビュ、つまり既視感とはまさにそういうものなのかもしれません。意識するしないに関わらず、私たちにとって自分自身と出会うとても大切な体験なのかもしれません。遠くで見ていた風景や人は、あらゆる形でいつか私たちの目の前にあらわれるれることでしょう。

運命を、人生をよりよい方向に導くために、たとえ今がつらい時期だったとしても、そこを通りその出会いを果たさなければ、次に目指すべきすばらしい風景はきっと見えてはこないでしょう。

夢の世界と言う特別な世界があると言うより、夢がコミュニケーションを実現するある種のネットワークとなり、私たちが既に知っていると思い込んでいる現実や未知の現実とつながっていると考えた方がわかりやすいと思います。

私たちはいつも五感に縛られていますが、実際にはもっとたくさんの感覚が存在すると思います。海や空のように、私たちが本当に知っている世界はもっと深く広いのかもしれません。
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by sigma8jp | 2008-11-28 02:04 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)
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