心理学の夢分析 2

3.夢の構造
ユングは夢が「劇的構造」を持つことを指摘し、また重要視しています。
すなわち、①場面の提示②その発展③クライマックス④結末、の四段階です。

我々日本人には四コマ・マンガなどの「起承転結」が分かりやすいかもしれません。

ただ、すべての夢がこのような構造を持つわけではありません。しかし、このような見方をすると、分かりやすいこともあります。

ある夢では、「結末」が明らかに欠如している場合があります。
これは無意識が自我に答えを出すよう要求しているのかもしれません。
「意識的な解決への努力」が要請されているわけです。

夢では(これを劇と見た場合)、本人が登場人物として役割を演じるのですが、同時に客として観ることにもなります。現実世界では自分の客観的な姿を直接見ることはかないませんが、夢の中ではこれが可能です。
この、「演じる」と「観る」が、内的情緒反応の浄化をより促進させるといえます。
(「自分を客観的にみる」というのは、非常に意味深いように思います)

また、夢を見ているうちに、自分の役割が分からなくなることもあります。これにも何かしらの意味があるのでしょう。
(役割の喪失、ペルソナの喪失、混乱…いろいろな解釈が可能でしょう)


一日、あるいはある期間でみた夢が、同じ主題に根ざしていることがあります。
心像のかたちは違えど、その背景が同じだったりします。
このような時、カウンセラーはその点に十分に留意し、クライアントさんが気づいていない時には、その点を指摘するのもよい場合もあります(押し付けは、いけませんが…)

そして、一度全体の流れを経験し、その後に一つ一つの夢に対し、深く関わってゆくと、見えることもあるはずです。
あるいは逆に、一つ一つを深く吟味した後に、一連の流れを見ても、得るものがあるでしょう。

また、夢分析においては、現実世界の状態を把握しておくことが、カウンセラーにも、クライエントさんにも、必要になります。例えば、夢の世界と現実世界の出来事が奇妙な一致をしている場合もあり、それに気づくことにより、何かしらの深い情動や認識を得ることもあるのです。

なんにせよ、実生活に活かせてこその「気づき」ですから、夢の世界と現実世界の関わり方は重要であると考えます。

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4.夢分析の場面
  夢分析に対しては、カウンセラーの解釈をクライアントさんに押し付けてはなりません。これは夢分析に限りませんが、経験し、悟るのはクライアントさん自身なのです。とはいえ、カウンセラーとして知っておかなければならない事が多いのも事実で、カウンセラーは自身の経験により、材料の提示を行う場合もあるでしょうし、ある程度の「見立て」を行う場合もあるでしょう。しかし、それに支配されず、また押し付けもしない…そういうことです。

夢から与えられた材料を考えるとき、材料をそのまま受け取ると、何を意味するのか分からない場合が多々あります。夢は心像によって形成され、心像は伝えるべき「そのもの」ではないからです。しかし、心像は伝えるに「良いかたち」ですから、少し見方をかえれば、その真の姿が見えてきます。普遍的な意味と個人的な意味、現実世界での出来事や、日々の生活での思い…そういうものを考慮すると見えてくるものも多いように思います。

先ほど「連想法」について触れましたが、これも夢の持つ個人的な意味を教えてくれます。
夢からある材料「A」が与えられた場合、その「A」が当人にとって何を意味するのか見ます。そして、これが有効になります。

「あなたはAについて、どう思われますか?」と繰り返し聞いたとき、「A→B、A→C、A→D、…」という風に当人がAについて思う像が浮かんできます。これにより、個人的な心像の意味が見えてくるのです。

また、時には、ある夢の題材に対して、連想があまり浮かび上がらないこともあるかもしれません。無意識的要素が強く、意識的な理解が難しいような夢の場合、その傾向は強いかもしれません。こういう場合でも、カウンセラーの体験が豊かであれば、その夢の題材と似通った、神話や昔話、あるいはあまり知られていない世界の出来事、科学的知識などを提示して、夢の素材や、その意味を、豊かにできるかもしれません。

特に、神話や昔話は、普遍的無意識と関連していますから、多くの人の心に響く場合が多いように思います。ただ、注意すべき点は、「押し付け」にならぬことです。多くの材料を提示することは、夢の意味を豊かにしますが、そのどの部分がクライアントさんに響くか? ピッタリくるとクライアントさん自身が思うか?

それが大事だと思います。「カウンセラーとクライアントさんが、共に手をとり、夢に取り組んでいく」…この姿勢が大事でしょうか。(ともかく、クライアントさんをコントロールしようとはせんことです)

夢は内的世界の出来事であり、イメージの世界の産物ですが、同時に内的な「現実」である、とも言えます。外的現実とは一線を画しますが、内的には、間違いなく現実です。ですから、夢自体をひとつの現実として大切にしていかなければなりません。また、そういう姿勢でいると、夢の世界と実生活の関係、意識と無意識との関係、それに対し伝えたいこと…それらも見えてくるでしょう。

そういう意味では、夢なんて非現実的だと言う人は、夢によって突きつけられる、新しい事実から逃げたいのかもしれません。(意識しているかどうかは別にして…)また、これは夢に限ったことではないですが、夢や象徴を記号的には扱わないことです。そうすると、せっかくの未知なる部分や、生き生きした生命力が失われてしまいます。

それよりは、まず感じ、それを深めていく方が、多くのものを得られる場合が多いようです。そして、普遍的要素と個人的要素、両方を大切にすることも、忘れてはなりません。実際、夢は無意識からのアプローチであり、しかも(自律性は持つものの)意識に影響され、現実世界にも密接に関わっています。

また、夢の意義として、「一面的になった意識的態度の修正」や「新しい価値観や生き方の獲得」などがありますから、無意識の方からの、自我へのメッセージという意味合いが強いように思います。

このような点に注目すると、夢は以下のふたつを我々に与えてくれます。すなわち…
①対決すべき問題の真の姿と、その対処法
②それが意識との関連においてどのような状態にあるのか

これらを考慮し、意識と無意識との折り合いをつけ、無意識の持つものを意識に統合してゆくと、夢は大いに建設的なものになります。この作業は、記号のみに頼る夢ゲームでは行えないものです。また、ここにカウンセラーの存在意義があります。

前に夢を一連の流れの中で見てゆくとよい、と述べましたが、カウンセリングに対しては「木を見ることも、森を見ることも」大事です。そういう意味で、夢分析は以下のような作業になります。
①夢を全体の流れの中でみる
②その時の意識の状態に照らし合わせる、
③一つ一つの材料(心像)について連想を重ねてゆく

このようにしてみていくと、何かしらのまとまりの中に、見るべきものが見えてきます。
また、この作業はカウンセラーとクライアントさんの相互作用の中に見出されるのであって、記号的な夢ゲームにより見出されるものではないでしょう。

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5.死と再生のモチーフ
 夢に現れる重要なモチーフに「死と再生」があります。太陽は朝、東の彼方から姿を現し、その雄々しい姿を天に示し、やがて地平線に消えていきます。毎日、死と再生を繰り返すわけです。無意識から誕生した自我は、その力を現実世界で示し、また最終的に、無意識の深遠に帰ってゆくのです。これは人間の一生とも表現されますが、人生の中においても「死と再生」が何度か存在します。

今ある硬い殻を破ろうとするとき、社会的には死んだような状態になった後、よりよい状態に変容する事があります。一度社会的に死んで、再生するのです。あるいは蛹(さなぎ)と蝶のイメージでしょうか。

例えば、
「引きこもり」や「ニート」という、社会的には価値が低く、ある意味死んだような状態になることで、人生の方向を定めなおして価値ある人生を送る人もいるでしょう。あるいは、それが「きっかけ」になって、自身だけでなく、家族も、それぞれの在り方を考え直し、いい関係が得られるかもしれません。(ただ、これも、「引きこもり」や「ニート」という状態になることで得た時間をいかに使うか? 悲観するばかりに使うか、前に進むために使うか? ということも大事になります。また、底まで降りてこそ、方向転換できる場合もありますから、いろいろと考えなければならない事が多いです)

ある人にとっては、「リストラ」という死を体験することで、「新しい価値観」や「新しい生き方」、新たな家族の関係」を得るかもしれません。また、大病を経験することで、上記のような、今までにない見識や関係、態度を得る場合もあるでしょう。特に、そこに無いものに、いつまでも幻想を抱いているような場合、「そこに、それはないのだ!」という厳しい現実を魂にまで刻むような経験をしてこそ、方向転換できる場合もあります。これも、「死と再生」の一種でしょう。

ですから、社会的に死んでいる状況や、ある種の症状を恥じるだけではなく、それを建設的に受け入れたとき、そのマイナス・パワーはプラスへと変換され、再生へと向かうようです。しかしながら、死を盲目的に希望に置き換えていいものでもありません。死には常に否定的な面が付きまといます。(実際、回復に向かったエネルギーが、死に使われることもあります。この辺は、大いに注意が必要でしょう)

死は否定的であるという認識の下、そこに建設的な可能性を見出し、歩んでいくことが肝要であるように思います。今、死んだ状態にある自分を嘆いてばかりでは、変容はあり得ません。そこから一歩踏み出し、より建設的な方向に歩もうとする事、それが大事でしょうか。また、そんな時、無意識的要素は自我に協力してくれるはずです。

今の状態が事実である事は変えようがありません。しかし、そこに潜む真実は受け取り方で如何様にも変わります。何を成すのか? どういう人生を歩むのか? これは当人が決めるより仕方ありません。

上記のような「死と再生」のモチーフは、現実問題においても、夢においても現れます。そして、その夢が建設的な意味が濃いときには、深い感動を持って体験されるようです。カウンセリングを方程式化しようとは思いませんが、下記のような傾向があるのも事実です。

「症状の発症」→「逃避」→「危機」→「対決」→「混沌」→「統合」

「統合」という再生に向かうには「危機」や「混沌」といった死を経験しなければならない場合もあります。危機になるからこそ、方向転換ができる、という面もあります。
但し、重ねて言いますが、そこには建設的な面と、否定的な面の、両面が存在します。
これらが複雑に絡み合い、また変容してゆくのです。
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by sigma8jp | 2008-12-01 20:08 | 「夢見」の心理学・象徴解読 | Comments(0)
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