グルジェフの神秘思想 1

グルジェフの覚醒のためのワーク

■人間を“不死”に導くための「第四の道」
  「世界にはある種の人間がいる。しかしごく稀にしかいない。こういった人間は、エネルギーの偉大な貯蔵庫あるいは蓄電池とでもいうようなものとつながっている。こういうものを引き出すことができる人間は、他の人間を救う手段になり得るのだ。」と、弟子たちに言い残している。

グルジェフによれば、人間はだれでも体内に“磁力センター”を持っており、それを成長させることによって“エネルギーの偉大な貯蔵庫あるいは蓄電池”と接続できる可能性を秘めている。が、その方法は秘密であり、修道僧やヨーガ修行者はその秘密を知らないがために、数年、数十年と覚醒めざして苦行を積まなければならないのだ。

だが、その秘密を知っている人間もいる、とグルジェフはいう。彼はその高弟ウスペンスキーに次のように語っている。

「この〈ずるい人間〉はどのようにしてこの秘密を知ったか──それはわからない。たぶん古い書物の中で見つけたか、受け継いだか、買ったか、誰かから盗んだかしたのだろう。別にどうでもかまわない。ともかくこの〈ずるい人間〉はその秘密を知っており、その助けを借りて修道僧やヨーギを追いこしてしまうのだ。」

もちろん、これは間接的に自分自身のことを語っているのだ。そして、その秘密によって、彼は自分の弟子たちを覚醒に導こうとしていたのである。

グルジェフはその人間変成の方法を“道”と呼ぶが、そのうち3つはすでに広く知られた存在である。

すなわち、
●第一の道は、「ファキール(苦行者)の道」、
●第二の道は、「修道僧の道」、
●第三の道は、「ヨーギ(ヨーガ修行者)の道」
・・・だ。

この道について、彼は独特の考え方を展開する。あるとき彼は、高弟ウスペンスキーに次のように語っている。

「この教えの本質をつかむためには、道が人間の隠された可能性を開発する唯一の方法であるということをはっきり理解しなければならない。これは、逆にいえば、そのような開発がいかに困難でまれであるかを示している。これらの可能性を伸ばすのは、決して法則によるのではない。だから、隠された可能性の開発の道は、自然にそむき、神にそむく道なのだ。」

その道は、人間をどこへ導くのだろうか。グルジェフはいうのだ。
「道は人を不死に導く、あるいは導くべきものなのだ。日常生活の行きつくところはせいぜい死、それ以外の何ものでもない。」

“自然にそむき、神にそむく道” によってのみ、人間は “不死” に導かれる ── 不遜の響きさえあるこの確信が、ともするとグルジェフをうさんくさい人物だと思わせる。

グルジェフの思想のユニークな点は、この広く知られた「3つの道」のほかに、“第4の道”という考え方を導入した点だ。そう、彼自身がたどった “ずるい人間の道” の秘密を、その一部だが弟子たちに明かそうとしたのである。

グルジェフによれば、一般人は「ファキール」にも「修道僧」にも「ヨーギ」にもなれない。確かに、日常生活のすべてを捨て、多大な努力と忍耐が要求される修行の道へ踏みこむことのできる人間は、そう多くは存在しないだろう。

“第4の道” が存在することを理解し、師の監督と指導のもとで各自に必要なワークを積めば、ほかの「3つの道」のように世を捨てることもなく、しかも多大な時間を節約して、覚醒に達することができる ── と、グルジェフはいうのである。そのとき、人は偉大な能力を発揮することができる。「というのも、彼は肉体的、感情的、知的機能のすべてをコントロールする力を手に入れたからだ」(グルジェフ)。

こうした考え方が、すでに他の「3つの道」の伝統さえ失ってしまっていた西洋に、どれほど大きな衝撃を与えたか想像もつかない。その影響はいまなお、欧米の各地に数多く存在するグルジェフ・グループとして生きているのである。


■〈創造の光〉のシステムと人類の進化・退化
  古代からの秘義、あるいは卓越した霊的資質によって、宇宙と人間の恐るべき秘密を探り当てたグルジェフ。彼が説く“自然にそむき神にそむく道”(超人への道)とは何か?このグルジェフの神秘思想を理解するためには、まず彼の宇宙論について知る必要がある。

グルジェフは、この宇宙を〈創造の光〉のシステムとして説く。彼によれば、それは古代の知識に由来するものであるという。

〈創造の光〉の原動力、または初源は〈絶対〉と呼ばれ、この〈絶対〉から膨大な〈創造の光〉が進展し、そこからまず全宇宙が流出するという。そして、その全宇宙から次に銀河系が流出し……と、次々に段階をたどっていくという。

つまり、この宇宙は、〈絶対〉──全宇宙銀河系──我々の太陽──太陽系の全惑星──地球──月という構造を持っているというのだ。

そして、このシステムの中に存在するすべての被造物は、このシステムを維持するための役割を与えられているという。地球についていえば、そこに存在するすべての有機生命体は、不断に進化する宇宙において重要な位置をしめるエネルギーの交換機として機能し、太陽──全惑星──月の経路をつなぐ架橋になっているというのだ。

しかし、グルジェフはいう。
「人類は他の有機生命体と同じく、地球の必要と目的のために地球に存在しているのだ。そしてこの現状が、現時点における地球の要求にとって最適な状態だ。つまり自然の発展の一時点においては、人間の進化は自然にとって必要ではないことを把握しなければならない。」

もし、人類だけが進化し、その意識水準全体が大変化すると、〈最高の段階〉から〈最低の段階〉へ向かう〈創造の光〉の流れが破綻してしまうことになる。だから、ある時点では人類が種として進化することは禁じられている、とグルジェフはいうのだ!

とすると、はるかな古代からの様々な試みにもかかわらず、人類が戦争その他の愚行にいまだに終止符を打てないでいる理由も理解できる。グルジェフはそんな恐るべき真実を見抜いたのだ。

しかし、ある時期までは進化が制限されているとしても、宇宙的な大きな時間の流れの中において、やはり人類には“進化”という課題を課せられているとグルジェフは言っている。

「もし人類が進化しなければ、それは有機生命体の進化の停止を意味し、それはまた〈創造の光〉の生長が止まる原因にもなる。それと同時に、もし人類が進化をやめたら、それは人類創造の目的という観点からすれば無用なものとなり、その結果、人類は滅ぼされるかもしれない。つまり、進化の停止は人類の滅亡を意味するかもしれないのだ。」

そして、人類、いや人間個人には常時“進化の可能性”をその内にはらんでいる、というのだ。彼はそれを自分の探求の旅の終わり近くでつかんだという。流れ弾に傷つき、ゴビ砂漠のオアシスで療養しているとき、次のように悟って雷に打たれたようになったのだった。

「私は人間だ。その他の生物の外観とは違って、私は“彼”の似姿として創造された存在なのだ! “彼”は神であり、そうである以上、私もやはり私自身の内部に“彼”が所有しているありとあらゆる可能性、不可能性を所有している。

“彼”と私の相違は単に規模の点にあるのみにすぎない。“彼”がこの宇宙のありとあらゆる現存の神であるからには!ということから私もまた、ただし私自身の規模なりにではあるが、(私の中の)ある種の現存の神でなければならないわけである。」

にもかかわらず、神の似姿である人間は、ほんのわずかな力しか発揮できないのはなぜか。これは自分が自分自身の“内なる神”に気づかないことに大きな原因がある。その内なる可能性に気がついたとき、人間は大きく進歩すること、つまり進化することさえできる。グルジェフはここに“人間を超える道”、「超人」への道を発見したのであった。

グルジェフはいう。
「このような進展(=進化)は、いわゆる惑星界の利害と力とに抵抗する人間の中にだけ起こりうる。人は次のことを理解しなければならない。彼個人の進化は彼自身にとってのみ必要なのだ。他には誰もそんなものに興味はない。

誰にも彼を助ける義務はなく、またその気もない。それどころか多数の人々の進化を妨げる力は、個人の進化を妨げるのだ。だからその力の裏をかかなくてはならない。そして、1人の人間ならそれはできるが人類にはできない。」

1個の細胞あるなしは、肉体の生存に何の変化ももたらさない。それと同じように、個々人の存在は“宇宙有機体”の生命に影響を及ぼすには小さすぎる。が、人類全体が変成しようとすれば、それはガン細胞の増殖のように、宇宙有機体の生命を脅かすことになり(ただし時期がくれば必要)、当然、対抗策が講じられよう。

だから、人類にはできないことが1人の人間にならできるのであり、その隠された可能性の開発は“自然にそむき神にそむく道”なのだ。グルジェフは「その意志さえあれば人間は個として全宇宙に対峙できる」とまで考えたのである。これがつまり、彼の“超人思想”なのだ。


グルジェフの説く「宇宙論」

■人類の歴史は円還運動をしている
  我々は人類が円環運動をしていることに気づかざるをえない。ある世紀にあらゆるものを破壊したかと思うと、別の世紀には創造している。また過去百年間の機械的な事物における進歩は、おそらく人類にとって最も大切な多くのものの犠牲のうえに進められたのだ。

全体的に言えば、あらゆる点から見て人類は行きづまっており、この行きづまりからは下降と退化への一直線の道が続いていると考えられる、いや断言することができる。行きづまるとはプロセスが平衡のとれた状態になったということだ。

ある一つの性質が現われると、ただちにそれに敵対する別の性質が呼びおこされる。一つの領域での知識の増大は別の領域での無知の増大を喚起し、一方での上品さは他方の粗野を生みだし、あるものに関する自由は他に関する隷属をひきおこし、ある迷信が消えたかと思うと別のものが現われて増大するといったあんばいだ。

さて、今もしオクターヴの法則を思いだすなら、一定の方向に進んでいる平衡のとれたプロセスは、変化が必要な瞬間にも変化することはできない。それはある〈十字路〉でのみ変えられ、新しい道を始めることができるのだ。〈十字路〉と〈十字路〉の中間では何もすることはできない。

それと同時に、もしプロセスが〈十字路〉を通り過ぎるときに何も起こらず、また何も為されないならば、後では何もできず、プロセスは機械的な法則に従って進む。しかも、たとえこのプロセスに加わっている人々があらゆるものの不可避的な滅亡を予見したとしても、何一つ為すことはできないだろう。

もう一度くり返すが、私が〈十字路〉と呼び、オクターヴの中ではミとファ、シとドの間の〈インターヴァル〉と呼んでいる一定の瞬間においてしか、何かを為すことはできないのだ。もちろん人類の生が、彼らの信じるあるべき方向に進んでいないと考えている人はたくさんいる。

そこで、彼らによれば人類の生全体を変えずにはおかないさまざまな理論を編みだす。ある者が一つの理論を編みだすと別の者がただちにそれとは相容れない理論をうちだす。そして両者とも誰もが自分の方を信じると期待しているのだ。

また実際、多くの人がそのどちらかを信じる。生は自然にそれ自身の道をとるものだが、人々は自分の、もしくは他人の理論を信じるのをやめようとはせず、また何かをすることは可能だと信じている。

むろん、これらの理論はみな全く空想的なもので、その理由は主に、彼らが最も重要なことを、つまり宇宙のプロセスにおいて人類と有機生命体が演じている従属的な役割を考慮に入れていないことにある。

知的な理論は人間をあらゆるものの中心に置く。すべては人間のために存在しているのだ。太陽、星、月、地球みなしかり。彼らは人間の相対的な大きさ、無であること、はかなく移ろいゆく存在であることを忘れている。

彼らはこう主張する──人間は、もし望むなら自分の生全体を変えることができる、つまり理性的な原理に則って生を組み立てることができる、と。そしてひきもきらずに新理論が現われ、それがまた別の相反する理論を喚起し、そしてこういった理論やその問の論争がみな、今あるような状態に人類をひきとめておく力の一つになっているのはまちがいない。

そのうえ、全体的な福祉や平等に関するこれらの理論はみな実現しえないだけでなく、もし実現されれば致命的なものになるだろう。自然界のあらゆるものはそれ自身の目標と目的をもっており、人間が不平等であり、その苦しみが不平等であることにもまたその目標と目的があるのだ。

不平等の破壊は進化の可能性の破壊を意味する。苦しみをなくすということは、第一に、人間がそれゆえに存在している一連の知覚全体を殺すことであり、また第二には〈ショック〉の破壊、つまり状況を変えることのできる唯一の力を破壊することになる。このことはあらゆる知的理論についても同様だ。

進化のプロセス、人類全体にとって可能な進化は、個人に可能な進化のプロセスと完全に相似している。しかもそれは同じものから始まる。つまりある細胞群が徐々に意識的になることから始まるのだ。

それから、その細胞群は他の細胞をひきつけ、従属させ、そしてしだいに全有機体をその最初の細胞群の目的に仕えさせ、ただ食べ、飲み、眠るだけという状態から連れだすのだ。これが進化であり、この他にはいかなる進化もありえない。

人間においては個人においてと同様に、すべては意識的な核の形成から始まる。生のあらゆる機械的な力は、この人間の中の意識的な核の形成に抗して闘う。ちょうどすべての機械的な習慣、嗜好、弱点が意識的な自己想起に対して闘うように。
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by sigma8jp | 2008-12-03 05:42 | グルジェフの覚醒プログラム | Comments(1)
Commented by ころちゃん&まーみ at 2011-01-25 01:25 x
ありがとうございます。
エメラルドタブレットを調べてて辿り着きました。
ロシア行きのチケットを取る夢を見てから
怒涛のような恐怖と気づきと目覚めの毎日でした。
これまでの目覚めの道が全て必要な事だとわかりました。
私は運命に流されたくなかったんだと気づきました。
全てに感謝し涙が止まりません。
ありがとうございます。
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