グルジェフの神秘思想 4

■「性センター」の制御──性エネルギーの誤用を改める
  こうして意識エネルギーを高次のセンターに向けたなら、次にこのエネルギー自体のボルテージを高める作業を行なう。つまり、いくら意識エネルギーを高次のセンターに向けても、それが弱々しいものであったなら、高次センターを発火させることはできない。

そこで、いかにして意識エネルギーを高めるかが問題となってくる。それにはまず、エネルギーの無駄な消費を阻止しなければならない。

各センターを機能させているのは、そのセンター独自のエネルギーである。動作センターはそれ専用のエネルギーで動くのがベストであり、感情センターもそれ専用のエネルギーで動かなくてはならない。ところが、さまざまな理由で、通常の我々は、各センターがそれ専用のエネルギーを消費していない、とグルジェフは指摘する。

性センターのエネルギーが盗まれて他のセンターが作動してしまった状態では、ちょうど質の悪いガソリンを入れた車のように、性センターのエネルギーではうまく機能せずに、むしろ好ましくない結果をもたらすという。

例えば、性エネルギーが動作センターで使われると、異常に闘争的になる。感情センターで使われると、病的な禁欲、嫉妬、残忍性が現れ、思考センターの場合は、論争や批判、性的妄想となって現れるという。

一方、他のセンターに自分のエネルギーを取られてしまった性センターは、逆に他のセンターからそのエネルギーを奪い取るという。つまり、各センターは、自分専用のエネルギーを使えば最高に機能できるのに、他のセンターからエネルギーを奪いあって、かえって機能を低下させているわけだ。

そこで、各センターが自分専用のエネルギーを使って働くようにしなければならない。そのためには、性センターが自分のエネルギーを使うように操作すればよい。グルジェフによれば、性センターは強大な力を持っており、このセンターを正常化させれば、他のセンターも自分専用のエネルギーで動くようになるという。

 
■「超努力」──大蓄積器とセンターを直接に連結させる
  次に、センターに大量のエネルギーを流し込むワークを行なう。そのためには、大蓄積器と呼ばれるエネルギーの供給源とセンターとを連結させる必要がある。

グルジェフによれば、センターはまず、2つの小蓄積器で連結されており、その2つの小蓄積器は大蓄積器で連結されているという。

たとえば、動作センターを使って肉体労働をしていたとしよう。最初は小蓄積器のAを用いてそこからエネルギーを補給して働く。すると、やがて小蓄積器のAが空になるので疲労を覚え、少し休むことにする。このとき小蓄積器のBと連結され、人はまた元気に働くことができる。その間に小蓄積器のAは、大蓄積器からエネルギーを補給している。

やがて小蓄積器のBも空になるので人は疲労し、休みはじめる。するとまた小蓄積器のAに連結されるが、十分な量のエネルギーがまだ補充され終わっていないため、以前ほど働けずに、すぐ疲労がやってくる。

そしてまた休むと、小蓄積器のBに連結されるのだが、これもまだ十分にエネルギーが補充されていないために、たいして働けない。こうして人は両方の小蓄積器を消費してしまい、ついには疲労困ぱいに達してしまうという。

ところが、ここでさらに努力を続け(超努力)、同時に感情センターを刺激することによって、大蓄積器とセンターが直接に連結される、とグルジェフはいう。このとき、信じられないパワーが生じ、すさまじい体力、感受性、そして知能を得ることができるというのだ。

この「超努力」についてグルジェフは次のように説明している。
「……ある目的の達成に必要な努力を超える努力だ。私が一日じゅう歩いて非常に疲れていると想像してみなさい。天気は悪く、雨の降る寒い日だ。夕方、私は家に帰り着いた。まあ、25マイル(約40キロ)ばかり歩いたとしよう。

家には夕食が用意され、暖かくて快適だ。しかし、座って夕食をとる代わりに、私はもう一度雨の中へ出てさらに2マイル(約3.2キロ)歩き、それから帰ってこようと決心する。これが超努力だ……」

我々は能力の限界を出したつもりでも、実際はその限界はさらに上に位置しているようだ。100%の力を出したつもりでも、おそらくほんの40%くらいではないのだろうか。したがって、通常のわれわれの努力では、小蓄積器だけで十分に間に合っており、大蓄積器と連結する必要がないのだ。

超努力しなければ生きていかれないような極限の状態に自分を追い込むときに、大蓄積器と連結される可能性がある。安易な生活では決して実現することはないのだ。

ここで、「超努力」によって大蓄積器と連結したJ・G・ベネット(グルジェフの弟子)の体験を紹介してみよう。

そのとき彼は、何日もの間、激しい下痢に苦しめられており、日増しに体力が衰えていった。起床するのが辛く、とうとう熱が出て体が震えだした。彼はもうベッドに安静にしていようと思ったが、次の瞬間には体がひとりでに動き、起きて服を着ていたという。気分が悪くて昼食もとれなかった彼は、にもかかわらずダンスの授業に参加した。

グルジェフのダンスはムーブメントと呼ばれ、通常では考えられない体の複雑な動きと強度の精神集中を要求される激しい内容を持っている。彼は死ぬほどの疲労と苦しみに耐えながら、限界を超えてがんばった。

「……すると突然、私の体全体に、たくましい活力がみなぎってきた。肉体が光に変わってしまったようであった。肉体の存在を、いつもの通り意識することがなくなってしまい、疲労も倦怠感も消え去り、自分の重ささえ、感じなくなった……」

その後、彼は自分の力を試すためにスコップを持ち、普通なら2、3分でくたくたになるほどの激しさで穴を掘り始めた。夏の炎天下にもかかわらず、ベネットは1時間以上も掘り続けることができたのである。

この「超努力」は「自己観察」と並んで最も大切なワークのひとつである。
超努力は苦しいものだが、それを行なうたびに自己の限界が破られていく。人の能力は、怠惰と自己限定のためにほんのわずかしか発揮されていない。この超努力によって、自分にはこんな偉大な可能性があったのかと驚嘆することだろう。そして、自分自身に大きな自信を持つことができるだろう。

なお、超努力をして健康を害さないかと心配することはない。グルジェフは、その前に自己の防衛本能が働いて自動的に休息するという。ただし、感情の乱れと過度の緊張は避けねばならない。

 
■エネルギーのロスを防ぐ
  最後に、センターを無駄に使ってエネルギーをロスしないように注意しなければならない。たとえば、筋肉のよけいな緊張、心配や恐怖といったことで、著しくエネルギーが浪費される。

「有機体は、普通、1日で次の日に必要な全物質を生み出すということに留意しなさい。ところがほとんどの場合、これらの物質は全部、不必要な、また概して不快な感情に費やされてしまうのだ。悪い気分、心配、杞憂、疑い、傷つけられたという感情、いらだち──こういった感情はみな、ある強度に達すると、30分、いや30秒で翌日用の全物質を食いつくしてしまうだろう……」

グルジェフもこのようにいっている。したがって、このような無駄なエネルギーをくい止めるワークがぜひとも必要なわけだ。

さて、以上がグルジェフワークの覚醒理論である。
エネルギーを高次のセンターに向け、なおかつそのボルテージを高めることによって、高次のセンターと通常のセンターとが連結され、我々は覚醒に至るのである。

この場合の覚醒とは、いうまでもなく高次の意識──純粋意識(真の自己意識)を獲得した状態のことをいう。すなわち、レベル7(人間第7番)の意識を顕現させた状態である。知覚が非常に鋭敏になり、新鮮な感動に包みこまれ、機械的な反応や外部からの影響で干渉されることのない完全な自由(内的自由)に達した状態である。


「地球外知的生命体」と「高次元生命体」の存在について

■宇宙に存在するあらゆるものを、振動密度/物質密度という考えで分類
 グルジェフは、宇宙に存在するあらゆるものを、振動密度/物質密度という考えで分類した。
つまり精神や霊も、いかなるものも基本的に「物質」であり、ただそれは我々が手で触れることのできる物質と比較すると、振動密度が高く、そのぶん物質密度は低いのだ、という考え方だ。

振動密度と物質密度は反比例の関係にある。我々の肉体よりも、感情はもっと振動密度の高い物質だ。更に思考はもっと振動密度が高い。それでも、やはり感情も知性も有限の物質なのである。

グルジェフは振動密度/物質密度の異なる物質を「水素番号」で識別した。といっても、いま一般に知られている元素の水素とはまったく異なる概念のようだ。

水素の番号は数が小さいものほど、振動密度が高い高次元の物質で、数が多くなるにつれて、一般にいう物質的な姿になってゆく。

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●【水素1】 は、この宇宙で分割不可能な、絶対といわれる物質。

●【水素6】 は、高次思考能力の物質といわれる。だが、この思考能力は、ふつうの知性と違い、象徴を象徴そのままに考えることのできる知性で、神話はこの知性で語られているという。生命の根底にある本当の意図とでもいうべきだろうか。

●【水素12】 は、高次な感情能力だといわれる。これは宗教的な感動や、言葉で語りつくせない強烈に神聖な感情などに象徴される。一般の人間の感情も知性もこの強烈さについていけないので、たとえば瞑想家などもこの水素の体験をすると、一時的にエクスタシーに飲み込まれ、言語能力を喪失する。

●【水素24】 は、グルジェフ体系になじんだジョン・C・リリーの言葉を借りれば、専門家的悟りの意識だといえる。たとえばあるひとつの仕事に練達した人は、必ず常識では納得できない不思議な能力を持っている。レーサーが驚くべきスピードで、すでに脳の認識力では追跡できないはずの路面を冷静に観察し、正確に車を運転する能力などだ。また優れた武道家や兵士が、あるとき砲弾が自分に向かっているのを肉眼で見たりする、という例もあげられる。一瞬でも通常の「考え込む」状態に入ると、この危ないところを綱渡りするような優れた能力は失われる。レーサーはその瞬間事故を起こす。人はひとつの仕事に熟練することで、この水素を蓄積する。独特の高速の意識だ。

●【水素48】 は、一般にいう思考能力だ。考え、分析し、語るというレベルのことだ。ジョン・C・リリーは精神の無風状態だという。

●【水素96】 は、濃密な感情、たとえば怒り、嫉妬、憎悪など。われわれが、この物質に内面的に同化せず、外的な物質として観察する場合、これは“気”や、動物磁気として観察される。また光の速度もこの96だ。

●【水素192】 は、空気。

●【水素384】 は、水。

●【水素768】 は、私たちの食べている食物の水準に近い。水分の多い栄養の少ないものは水である384に近く、フレーバーの多い堅い食物は1536に近くなる。

●【水素1536】 は、樹木。

●【水素3072】 は、鉄。

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すべては振動密度/物質密度の違いで分類したこの物質表は、つまるところ、極度に優れた霊や知性も、樹木も、鉄も、すべて唯物論的な尺度のなかで分類されることになる。

とはいえ、科学的に計測できるのは、いまのところ水素96までで、それよりも高次元の物質は、思考実験としては数学的になり、推理できるのだが、なかなか証明されづらいものだといえる。

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↑水素の分類法に基づき、この宇宙に存在する「生きとし生けるもの」の関連を説明した一覧表

さて、上の図を見てほしい。これは水素の分類法に基づき、この宇宙に存在する「生きとし生けるもの」の関連を説明した一覧表だ。

ひとつの枠に3つの数字が入っている。これについて説明しなくては、この図の意味が分からないだろう。 古代から継承されてきた哲学体系には、しばしば人間や、ほかのあらゆる有機体は、三つに区別される組織でできているといわれている。たとえていえば、これは知性と感情と肉体だ。あるいは霊・魂・体といういい方もある。

もっと分かりやすくいうと、宇宙は振動の高いものから低いものへ、連鎖的につらなっているので、ひとつの生き物の性質を特定するには、その生き物そのものを上下ではさんだ宇宙を含めて、合計3つで判断しなくてはならない、という考えだ。

われわれ人間はもっとも低い部分は肉体でできている。また高い部分は精神だ。この2つの中間に、われわれ自身の“自然体”と感じるものがある。

そこで、生命を記述するのに、3つの水素が記入される。ひとつは、その知性の理想に近い支配的な因子。その生命はこの物質に従属し、食い物にされている。真ん中にある水素は、その生き物そのものを示している。

下にある水素は、この生き物が土台として立ち、なおかつその物質を食い物にしている、といえるものだ。従うものと、従えるもの、その真ん中に自分自身がある、という図式である。

例をあげると、この図表では人間は6・24・96の組み合わせだ。といっても、これはじつは人間の将来的に理想とする生き方で、実際には、12・48・192という水準で生きているのが実状といえる。

専門家的悟りを中心にして、ちゃんと自分のすすむべき方向がある人と、考え込みいろいろと迷っている48を中心に生きる人の違いだ。ここで96とは、光の速度に対応する。これよりも数字の小さなものは、光よりも速い物質。これよりも数字の大きなものは、光より遅い、すなわち可視の世界である。

水素の3つの組み合わせは、思考・感情・肉体のことなので、人間の肉体はこの96を中心として、より密度の濃密な脊髄動物、無脊髄動物、植物、鉱物、金属を体内に含有していると解釈することができる。

われわれは6=高次思考物質や12=高次感情物質を視覚化はできない。それは光よりも速度が速い、すなわち振動の高い物質だからである。視覚的に対象化できないものは、われわれ自身の内面にある原理だと感じてしまうのである。

グルジェフは、宇宙に存在する生物はすべて他の存在との相対的な位置づけを持っていると主張したので、たとえば、ここから次のような推理も可能である。

大天使1・6・24にとっては、24は肉体である。人間にとって視覚化できないが、きわめて聡明な意識状態で達成される24の意識状態は、大天使という存在レベルから見ると、あたかもわれわれが肉体を見ているかのように、物質的に認知されるものである。

またこの図表では大天使よりももうひとつ物質密度の重い実体である天使は、肉体を48としている。これは人間のレベルでは、言葉や思考の速度を表している。つまり天使は、人間の言葉や思考のなかに、その肉体を置いているという見方である。

また肉体ではなく、実体はというと、ごくまれな人々しか体験しない、強烈な宗教的なエクスタシー(水素12体験)のなかでのみ、その本質を知ることができる、というわけだ。これではまるで聖書や書物のなかに生きている妖精みたいなものだ。

いずれにしても、われわれは天使や大天使のような知性体を視覚化して目の前に見ることは不可能だということになる。専門家的な悟りのなかに、大天使レベルの意識の足跡をかすかに感じ、また書物の精神のなかに、小天使的なイメージを追うしかない。

これでは、グルジェフの体系とは、芸術や文学の体系に見えてしまうかもしれない。だが、現実に、目に見えるものだけが存在するとする科学的な見方では、こうした体系は解釈しきれないのである。

より高度な存在の知性は、われわれの瞬間的な霊感のなかに、あるいは生き生きとした聡明な意識が閃く瞬間に、また言葉やアイデアのなかに、足場をもち、彼らの存在それ自身からみれば、彼ら自身は3次元的な実体であるにもかかわらず、われわれがちょうど岩を見ているように、彼らは人の意識や感情を見なしている、ということになるのである。

彼らから見れば、人間の思考や感情をあたかもレンガを持ち運ぶように、あそこからここへと動かすことも可能だということだ。

さて、もしこの図表が真実だとすれば、われわれはどうやって宇宙的な知性を認知すればいいのだろうか? 科学的観測でこうした知性を確認することはどだい不可能だということなのである。“気”や超能力が証明されたとしても、水素96の振動レベルまでしか解明できない。あとは哲学・宗教や心理学の分野の問題にゆだねられてしまう。

だが、こうやって宇宙を種々の分野に分断して考えると、結局、全体像もはっきりしないし、宇宙人のことなどとうてい理解できないのではあるまいか。UFOのことを考えると、結局われわれは人間全体のことを考え、また内在する超意識のことにまで思いをはせるのが必然だといえるのである。人間のすべてをトータルに考慮する総合的な知恵が必要になってくるのだ。

従来までは、漠然とこうしたものごとを精神分野と物質分野に分け、それぞれの専門家はもう一方の領域には侵食しないようにしてきた。それではもう解明のつかない現象が多すぎる、ということを、多くの人が知っている。

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《 グルジェフ関連書籍 》
『注目すべき人々との出会い』 G・I・グルジェフ著 (めるくまーる) 
『グルジェフ・弟子たちに語る』 G・I・グルジェフ著 (めるくまーる) 
『奇蹟を求めて・・・グルジェフの神秘宇宙論』 P・D・ウスペンスキー著 (平河出版社) 
『グルジェフ・ワーク・・・生涯と思想』 K・R・ピース著 (平河出版社) 
『ベルゼバブの孫への話・・・人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判』 G・I・グルジェフ著 (平河出版社) 
『生は〈私が存在し〉て初めて真実となる』 G・I・グルジェフ著 (平河出版社)
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by sigma8jp | 2008-12-03 06:16 | グルジェフの覚醒プログラム | Comments(2)
Commented by さんた at 2018-06-10 14:52 x
グルジェフの水素番号の説明は、「私は宇宙人を知っている 松村 潔」の丸パクリですが、参考文献に記載がありませんよ。
Commented by sigma8jp at 2018-06-10 23:08
水素番号はグルジェフの『奇蹟を求めて』が最初に紹介された本で、その後に松村潔氏の本で数多く説明されています。
水素とその内容についての捉え方が、松村氏が唯一的確に表現されていると思いますので、参考にさせて頂いております。
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