シュタイナーの音楽論 Ⅱ

●霊的存在の世界と音の世界
  アトランティス人は3度、5度を体験することがありませんでした。7度を感じるときに音楽体験をもったのです。彼らにとっては、インターヴァルのもっとも狭いものが7度であり、彼らは7度以上のインターヴァルを有していたのです。

そして、3度、5度を彼らは聴き落としました。3度、5度は彼らには存在しなかったのです。7どの中に自然に生きると、人間は音楽を自分の中に経過するものとして知覚することがありません。自分の身体から外に出て、宇宙の中で音楽を知覚したのです。

ポスト・アトランティスの時代になっても、5度の音程に際して人間は、5度の中に神々が生きていると体験しました。5度の時代には、人間は音楽とともに、忘我の状態に陥りました。のちにやってきた3度の時代において、人間は音楽体験に際して自分の中にあるようになりました。音楽を自分の身体に受け取るのです。音楽を自分の身体に織り込むのです。3度体験とともに、長調と短調の区別が生じたのです。

さらに時代をはるかな過去、アトランティス時代よりもさらに遠い昔にさかのぼってみると、非常に興味深いことがわかってきます。レムリア時代です。そもそもレムリア時代には、人間はオクターブの中で音と音の隔たりを意識しうるというように音楽を知覚することはできませんでした。

インターヴァルがオクターブを越えて広がっているときにのみ、レムリア人は音程差を知覚したのです。たとえば、ドと次のオクターブのレの、ド-レのインターヴァルのみを知覚したのです。今日の私たちにとって「あるオクターブの中の1度、次のオクターブの中の2度、その次のオクターブの中の3度」であるものの中に、古代の人間は客観的な長調、客観的な短調を知覚したのです。

自分の中で体験される長調と短調ではなく、神々の魂的体験の表現として感じられる長調と短調です。今日私たちが内的な長調体験と呼ばねばならないものを、人間は自分の肉体から分離した状態において、宇宙の歓喜、宇宙創造の喜びの表現のごとき神々の歓喜の音楽として、外に知覚したのです。

そして、今日内的な短調体験として存在するものを、レムリア時代に人間は、聖書に堕罪として語られている、神的-霊的な諸力からの人間の落下、よき力からの落下の可能性についての非常な嘆きとして知覚したのです。

「意識魂の時代に生きている人間は、いま内的になっているものが、ふたたび外なる神的-霊的なものへと向かう道を見いださねばならない」といいたいと思います。メロディーの中で体験される感受の内的な富が個々の音に移行し、人間が単一の音の秘密を理解することによって、そのようなことが生じます。

いいかえれば、単にインターヴァルを体験するのではなく、内的な豊かさをもって、内的な体験の多様性をもって、単一のひとつのメロディーのように体験できると、そのようなことが生じます。


●音と言葉を通しての人間表明
 地上の人間組織は、霊的なものの模造です。人間が内に担っているものだけではなく、外的な自然のなかにあるものも、すべて霊的なものの模造です。言語によって自分を表明し、歌によって自分を表明することによって、人間は身体、心魂、精神という自分の有機体全体を、外と内に向けて表明するのです。人間は、音声と音の中に開示するものの中に存在するのです。

人類の歴史の中で、言語は本来、歌から発生したものです。歴史以前の時代にさかのぼるに従って、言語は歌に似ていきます。非常な過去にさかのぼると、歌と言語の区別はなく、両者はひとつのものでした。人間の原言語についてはよく語られますが、「人間の原言語は原歌謡であった」ということもできます。

音楽の観点から見ると、人体は楽器なのです。ヴァイオリンやその他の一般の楽器も、なんらかの子音から組み立てられたものとして把握することができます。子音について語るとき、楽器を思い出させるものがいつも感情の中にあります。そして、あらゆる子音の全体的調和が人体の姿を示すのです。

母音は、人体という楽器の上に演奏される魂です。人間の話す言語の中に子音と母音を追っていくと、おのおのの言語表現のなかで人間が自己を表現するのがわかります。人間の魂は、人体の子音的構成の上に母音的に躍動します。静かな恒星領域があり、その背後に運行する諸惑星があります。

ある惑星がある恒星を通過すると、音の世界全体が鳴り響きます。恒星天の中に、素晴らしい宇宙の楽器があるのです。その背後で、惑星の神々が黄道12宮-恒星天の楽器を演奏するのです。

人間から子音を取り出すと、彫塑的に形成しなければならない形態が発生します。母音を人間から取り出すと、歌わねばならない音楽、歌が発生します。このように、地上に立つ人間は二つの宇宙芸術の成果なのです。

一方から、彫塑的な宇宙芸術が到来し、もう一方から、歌唱的、音楽的な宇宙芸術が到来します。二重に、霊的諸存在が活動を結合します。ある存在が楽器を構築し、べつの存在がその楽器で演奏します。
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by sigma8jp | 2008-12-08 00:11 | 「天球の音楽」と聖なる七音 | Comments(0)
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